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お腹をすかせて辛いと思ったことがない。
欲しいものを買って貰えず、地面に寝そべって泣き喚いたことがない。
そもそも、親に怒られたことがない。
否定されたことがない。
それは、きっと、幸せなことなのだろう。
『衣食住以外に悩みがあるなら、幸せなんじゃないですか』
いつかの、千里の言葉を思い出す。
そうなのだろう。きっと、そうだ。
だから、冬の寒さや夏の暑さに堪え忍んだり、腹をすかせて耐え難いと思ったり、雨風に晒されながら寝れない晩を過ごしたことの無い俺が、それ以上のことを求めるのは贅沢なのかもしれない。
だけど。
褒められたこともない。
家族で旅行へ行ったこともない。
そもそも親が家に居ない。リビングに置かれたお金を使って買いに行く、一人の晩餐。独りの時間。
それは確かに、孤独で空虚で、俺の心を鈍くさせた。
興味がないのなら、何故生んだのだろう。そう思った。
これまでの人生で何人かと付き合ったことがあるが、いつだって上手く行かなかった。それを、親のせいにした。
「好き」と言われるのが、怖い。
目に見えないものをどう信じたらいいのかわからない。そんな言葉を信じられない。
テンションの上がった人間が、その場の気分で言っているだけに過ぎない言葉だと、鼻で笑ってしまう。
いつしか、そういう人間になっていた。
「今は好き」なのかもしれないけど、いつかそうじゃなくなる日が必ず来るのだと信じて疑わなかった。それに、そんな日が来るのは、彼女に同じだけの「好き」を返せない自分に原因がある。
空虚な人間になっていた。
怖かった。
何処にも居場所がないのに、それを悲しいとすら思えなくなっている自分が、怖かった。
人間のふりをして生きているようだと思った。
存在価値なんて無いのだと思いながら、そう言い当てられてしまうのが怖かった。
だから、ひたすらに勉強をした。
友人も恋人も、俺の人生に必要ない。
俺が俺を認めてあげられることが、俺の人生の全てだった。
そんな俺なのに、いつかは結婚する日が来るだろうと思っていたことが笑える。
そういえば俺は、誰も愛せず、誰からも愛されず、それでも幸せな未来があるのだろうと呑気な勘違いをしている、残念な人間だった。
『愛されたいって思うのって、そんなに悪いこと?』
無精髭の生えた、誰からも相手にされていないような小汚ない男が笑った。歯も抜け抜けだ。笑わせた唇も紫色をしている。恐らく、かなり煙草を吸うのだろう。
『オレは誰からも愛されたいし、誰をも愛したいね』
『…………』
『けど、誰からも愛されなくても問題はない。何故だかわかるか、青年』
『…………』
『オレが、それでもアンタらを愛しているから。アンタらがオレを愛してるかどうかなんてのは、なんの関係もない』
『…………なんだそれ』
なんだそれ、と思ったけど、なんでだか涙が出た。
飲み過ぎたのだろう。そう思った。だから、軽率に涙が出る。
愛されたいと叫んでいた本心を、自分からも隠し続けて来た。愛されたいと思ってるくせ、自分は誰かを愛せない。だから、仕方がないのだ。愛されなくても。
そんな風に思っていたところで、あっくんに出会った。
こんな俺でも、愛されたいと思ってもいいのか。……なんて。
軽率に、それでも確かに、赦された気がしたのだ。
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