第一話 雨の日の、拾いもの。

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 インターフォンが鳴った。  俺も野良も、びくりと身を縮こませた。暫し、目を丸めて見つめあっていると、戸を叩く音がする。 「成田さん? 帰ったの?」  ナリタアツシ。どうやらそれが、あっくんの本名らしい。  野良は不安そうな顔をした。立ち上がった野良の身長は百六十数センチと見たが、今は身を縮ませてしまって百五十センチもなさそうに見える。俺は手にしていた掃除機を脇に置き、玄関に向かった。玄関、と言っても狭いワンルーム。数歩先が既に玄関で、扉を開けたら、野良の姿も直ぐに黙視出来るだろう。 「どなたですか?」  念の為、ドアチェーンをしてから扉を開けた。声は女だったが、用心するに超したことはない。扉はあんまり開かず、ほんの少し出来た隙間を俺の体で隠した。 「…………。貴方こそ、どなたですか? 私はここの大家です」  俺の姿を見て一度は絶句したものの、直ぐに訝しんだ様子で訊く。大家と言うなら最もな反応だ。化粧っ気はないが、品の悪さも感じないおばちゃんだ。 「掃除機をかける音がしたから。ご親族の方ですか? 成田さんは?」 「えーっと……自分は、ナリタの友人です。暫く帰れないからと、掃除を頼まれまして……」 「あら、そうなの? 貴方、成田さんと連絡は取れる? 更新手続きもまだだし、先月の家賃が未払いで……連絡も着かないし、困ってるのよ」 「先月の家賃、……ですか?」  あっくんから入院したと聞いたのは、去年の十二月の初旬。亡くなったのは、今年の二月下旬。今は、五月だ。俺は、人が亡くなった際の手続きがどうなっているかとか知らない。自動で引き落とされていたのが、遂に貯金が尽きたのだろうか。 「成田さん、先々月までの家賃をまとめて支払っててくれたのよ。『暫く帰れないかも』なんて、確かに言ってたけど、居るのか居ないのか、足音がする時もあってねぇ。でも、インターフォンを押しても、誰も出ないしで」  少し気味悪かったの、と言い辛そうに話す様子は、嫌み気と言うよりは本当に途方にくれている様子だった。  恐らく、たまにした足音は野良のものだろう。 「……あー……すみません。また、掃除を終わらせてからお伺いしてもいいですか? 大家さん、下の階です?」 「ええ。下の104号室よ」 「104?」 「ああ、私の部屋は二部屋分繋げてるのよ。丁度此処の真下が私の私室なのよ。104のインターフォンを押して頂戴ね」 「分かりました」  ドアチェーンをしたままの対応に文句を言うこともなく、大家さんは一礼をして去って行った。あっくんが既にこの世に居ないことを野良の前で伝えることは憚られたので、疑われたり、口論のような展開にもならずに済んで良かった。  再び、気持ちを掃除に切り替える。野良もそんな俺を見て、拭き掃除を再開した。あらかたのゴミを拾い、掃除機をかけ終わると、野良を手伝い、大体綺麗になった部屋に、俺達は満足して掃除を終わらせた。もう暫くあっくんの部屋で過ごすと言う野良を置いて、俺は大家さんの部屋へと向かった。滞納していた家賃を財布から取り出して渡した後、あっくん……ナリタが既に亡くなっていることを話した。  成田敦士。  それが、あっくんの本名だと大家さんが改めて教えてくれた。あっくんの本名も知らないような俺に、大家さんはあっくんの話を三つ四つ聞かせてくれて、少しだけ、その死を一緒に悼んでくれた。  俺は、片付けるのにもう少しかかるだろうからと、今月分と来月分も支払っておいた。  野良の顔が浮かんでいた。  野良はこんな風に簡単に、彼の死を受け入れて思い出話に浸れるだろうか。悼めるだろうか。  野良に上手く説明するのに、もう数ヵ月はかかる自信があった。
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