ぐらちゃん

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 ぐらちゃん、という生き物がいる。  餅のように丸っこくて、もちもちで。つぶらな瞳は真っ黒で真ん丸。  大きな口にはギザ歯がびっしり並んでいるが、見た目も相まってマスコットのように愛らしい。  大きさは15cm~40cm。ぬいぐるみほどの大きさだ。  足はなく、ぴょんぴょん飛び跳ねるか這いずって移動する。  正式名称「グラトニー」、通称「ぐらちゃん」と呼ばれるこの子が現れたのはまぁまぁ昔。  うちの母さんが子どもの頃には既にいたらしい。うちのばあちゃんが子どもの頃、ちょこちょこ見かけるようになったとか。  戦争を境目に出現するようになったのではないか、とどっかの研究者が言っていた。その根拠はぐらちゃんの特徴にある。  ぐらちゃんは、食べる。  もう、なんでも。無尽蔵に、いくらでも。どんなものでも。  「おなかすいた」と舌足らずな言葉を合図に、バクバクとなんでも食べるのだ。  俺たち人間が食べるような肉、魚、野菜と言った食物はおろか木や土、果てには自分よりも大きな岩さえも。  ここで、ぐらちゃんに関する有名な実験を一つ挙げる。  ぐらちゃんとゾウを一緒の部屋に入れて、何分で食べきるかという実験だ。  片やアフリカゾウ。体長7mの、アフリカゾウの中でも最大クラスを持ってきた。  対してぐらちゃん。高さおよそ30cm。  抱っこがしやすいと人気の大きさである。  研究者たちはこの体格差でもぐらちゃんならば、少なくとも10分以内にはゾウを食べきってしまうだろうと予想を立てた。  結果は、二口。  たった二口で、ぐらちゃんは7mものゾウを平らげてしまったという。  全く、末恐ろしい話である。  ともかく、戦争を期に現れ始めたぐらちゃんは難航していたばらばらと吹っ飛んだ瓦礫類をいとも簡単に飲み込んでいった。  人では動かすことも出来ないほど積みあがった瓦礫の山もぺろり。  焼かれた家も木もなんでもぺろり。  巨大な瓦礫や岩をどう食べるのかと言えば、いつもは小さくて可愛らしい手をみょーんと伸ばして掴み、大きく開けた口の真上に持っていき……落として一飲み、だそう。  復興にどれだけかかるか分からない、と言われるほど惨かった日本をサポートしたのは、まぎれもなくぐらちゃんだろう。  そうして、今。  ぐらちゃんは人間の世界に馴染み、人と共に生活している。  一家に一体、どころか一人一体が当たり前になりつつあるぐらちゃん。  ぐらちゃんは交配するのか、そもそも生殖行為をするかもよく分からず、ぐらちゃんがぐらちゃんから生まれる姿を誰も見たことがないためか、政府が運営するぐらちゃんショップでぐらちゃんを購入するのが一般的だ。  たまに野良ぐらちゃんもみるが、拾って育てるときは先に政府が指定した場所で申請し、ぐらちゃんを登録することが義務づけられている。  なんでも食べてしまうぐらちゃんだが好みもあるようで、人と生活するようになった今では一緒に暮らす中でよく食べるものがぐらちゃんの好物になると言う。  子育て界隈では「子どもの好き嫌いはぐらちゃんを見るべし」とまで言われているらしい。  理由は簡単。子どもがぐらちゃんに嫌いなものを食べさせるから。  ぐらちゃんはまさに子どものように純粋で悪意も抱かないため、子ども……主がくれたものは喜んで食べる。そうして子どもがぐらちゃんに自分の嫌いなものを食べさせ続けるうちにぐらちゃんの好物はその子どもの嫌いなものになっていくから、だそうだ。  とは言っても、子どもによっては美味しいものを共有しようと好きなものも進んで食べさせるらしいから必ずしもぐらちゃんの好物が子どもの嫌いなものになるとは限らないとか。格言は格言の域を出ないのである。  ちなみに、俺のぐらちゃんは野菜が好物だ。
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