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「よし、やってやんよ!」
可愛らしい手袋をつけて、雪玉を固め始めるのは、「海來ちゃん、一緒に帰ろー!」と押しかけてきた数多の男女をすべてことわり、こそこそと逃げるようにここへやってきた河瀬。
対して俺は、雪を触るなんてこと考えていなかったから、手袋なんて持っておらず――素手だ。
「……冷たすぎんだろ」
ひんやりとした雪を触った俺の全身を、一気に寒気が襲う。身の毛がよだつような冷たさに、俺は早々に戦意を喪失しかけていた。
「よーし、和樹。いっくよー?」
ブオンと風を切って、河瀬の手から離れた雪玉が俺に向かって飛んできた。
「うお」
体をひねって避ける。俺は負けじと雪玉を固めて投げようとする――そのときだった。
「和樹くん、……私に雪玉当てるの?」
河瀬の声。彼女は潤んだ目でこちらを見てきている。
「こんなか弱い女子に向かって、中学で野球部だった(今は陰キャだけど)剛力男子が雪玉投げるの?」
おい、かっこの中身。心の声漏れてんぞ。
それに、俺は元野球部だったことお前には言ってない!
俺はそう反論しようとしたが、出来なかった。寒さで頬を赤くした河瀬海來が、涙目でこちらを見てくる様子は――それがたとえ演技であろうと。
反則だったのだ。
可愛すぎて。
「……っ」
俺の手から雪玉が落ちた。だめだ、陰キャぼっちの俺じゃ、河瀬に勝てない。
こいつはある意味で強すぎる。
「……はーい、ということで、此上和樹選手の戦意喪失により、決着がつきましたぁ!」
先程の涙はどこへやら。河瀬海來はケラケラと笑いながら、俺の方へスキップして近づいてくる。
やめろよ、滑るぞ。
「結果は、私の勝ち! ってことで、これからも話に行くねー! よろしくぅ!」
バッチリとウインクして見せる河瀬。なるほど、俺はやはり河瀬に勝てないらしい。
「はいはい、よろしくお願いしますよーだ」
仕方なく俺は返事をする。今までは、好きでぼっちをやってきたけれど――まあ、人と話すのも悪くないな。
そんなことを思ってしまう。
「んじゃ、和樹。次はキミが熱望していた『脱陰キャ作戦』の会議をしようか」
「誰も熱望してねぇよ」
「うん、そんなに喋れるなら、コミュ障卒業は間近だね」
「不本意にも、お前のおかげでな」
「じゃあ和樹が他のクラスメイトと話せるようになった暁には」
「はぁ」
「『私が育てました』っていうプレートを和樹に貼り付けておこうかな。もちろん顔写真付きで」
「俺は農産物か」
「地産地消だね」
「意味わかんねぇ」
結局やはり俺は河瀬に勝てないようだ。
まあ、悪くないな、と思う。
しばらくは、このままで。
そんな事を思いながら、俺は河瀬の隣に並んで、真っ白な銀世界の中を歩き出す。雪はまだ、チラチラと降っていた。
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