アウトレットにて

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アウトレットにて

「……って事があったんだ」と俺は新井と三木に姉の演説を伝えた。 「姉ちゃん。良いコト言うじゃん」と三木は浮かれた声で言い、新井は神妙な顔で頷いていた。2人はすぐに彼女が出来るというくだりが安心感を与えたようだった。言うんじゃなかったぜ。 「姉ちゃん、マネキンの服をひと揃い買え、はグッドアイデアだな。カードゲームで言えば、スターターデッキを買えって事だもんな」 と三木は言い、俺たちの服装を眺め回した。  俺たちは3人とも同じような無難な服装だった。すなわち、上着は黒で下はジーンズだった。 「じゃあスターターデッキ、見に行くか」と新井は言い、俺を見た。「まずはお姉様のオススメの店に行こうか」  スターターデッキとは初心者向けに作られた山札の事だ。ゲームの基本が押さえてあり、素人が組んだデッキよりもずっと強い。このデッキに自分好みのカードを加えたりしてオリジナルデッキを作っていく。確か服装選びもデッキ作りも同じかも知れない。  俺たちはひと通りの店を見て周り、フードコートで休憩がてら遅めの昼食をしていた。話題はクラスの女子についてだった。ベストスリーの子たちはどんな相手だったらOKなのか、とか。 「やっぱさ。先輩じゃね?年上。俺らじゃなびかねえよ。無理じゃね」と三木は言い、ラーメンを啜った。 「どうかな。案外いけるかも知れない。見た目じゃなくて性格が好きになったってアピールしてみるとかな」と新井は返した。 「北野さんなんかは声掛けにくいけどな」と俺は言い、綺麗系の北野さんの氷の眼差しを思い出した。  北野さんは騒いでる男子が度を越すと睨みつける。その迫力ある視線は周囲の温度を下げ、男子の盛り上がった熱を沈静化させる。 「俺、北野さんに睨まれるとゾクゾクするんだ」と新井が衝撃の告白をした。「睨まれている時、本来の自分に戻れる気がする」  俺と三木は顔を見合わせた。 「俺さ。あんまり女子とか興味無かったんだけどさ。こないだ、田辺さんが転びそうになって、俺にしがみついてきたんだよ。俺も咄嗟にだったからよ。ギュッとしたんだ。あの子、スタイル良いじゃん」と三木は言い、抱き締める動作をし、俯いた。「人生観が変わったよ。それくらい柔らかかった」  それから新井と三木は『睨まれたい』とか、『柔らかい』を連呼していた。 「久保は無いのか?そういうの?」と新井が言った。三木も俺の方を見た。 「すまん。何も無い」と俺はなんとか声を絞り出し、首を横に振った。「そうだ。他の子はどうなんだ。まだ可愛い子いるだろ」 「吉田さんは良いな。あの子が隣で笑ってくれたら、青春じゃん」と三木。 「あの子がほっぺを膨らました顔は色々と衝撃だった。あの顔で睨まれたい」と新井。  俺たちはそんな話をダラダラと続けていた。園田さんの名前は出て来なかった。どこかホッとする自分がいた。  食事を終えた俺たちは、お店巡り2週目に突入していた。 「俺はあんまりチャラい服より真面目路線のが良いかな?」と三木が言った。 「チャラいと軽そうに思われるからな。真面目路線はいいかもな」と新井が返した。「久保はどうする?俺はちょっと攻めた店にしようと思ってる」  新井に聞かれ、俺は返答に詰まった。どの店も大差無いように見えてしまっていた。2人には違いが分かっているのだろうか。すでに出遅れた気分だ。 「まだ考えている。1番安い店でたくさん買おうかな。着回しができそうじゃんか」と俺は答えた。 「なるほど、大学に行ったら毎日、私服だもんな」と新井は頷いた。 「悪くないけどよ、安っぽく見られないかな」と三木は首を傾げた。  さあ。どうしようか。ふと、先生の言葉を思い出した。『分からない所が分からないが1番まずいのです』  まさにそんな感じだ。  新井も三木も満足する服が買えたようだった。しかし俺はピンと来るモノは見つからなかった。手ぶらでは帰れない俺は2人と被らない無難そうな店で一揃い買い、さらに店員さんに2着程、選んでもらった。  新井と三木は俺の選んだモノを褒めてくれたが、正直、よく分からない。やれやれ。こんな調子で明日は大丈夫か?  
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