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にゃーん
俺は園田さんに指定された場所である猫カフェ、『ネコまみれ』の前で彼女を待っていた。歯はいつもよりしっかり磨いたし、眉毛も抜いて整えた。服装はマネキンと同じ服装だし、抜かりは無い、と思う。なんだか緊張する。俺は思い切り息を吸い込み、吐き出そうとした。その時、耳元で声が聞こえた。園田さんだ。
「青少年、ずいぶんと早いじゃないか?ふふっよほどの猫好きとみえるな?」そう園田さんは言い、目を細めた。「それともデートで気合いが入ってるのかな?」
俺は思わず咳き込んでしまった。この子、いつも背後から、忍び寄ってくるな。
園田さんはレースが施された淡いピンク色のワンピースを着ていた。タイトなつくりでウエスト周りは信じられない程、細く華奢だった。
「デート?」とまともに息ができるようになった俺は言った。
園田さんはそれには答えず、「じゃあ、早速入ろうか」と言い、お店の中に入って行った。俺も慌てて後に続いた。
俺たちは店員さんから注意事項についてレクチャーを受け、猫のいるゾーンに入った。中にはソファやテーブルがあったが、どこに座っても良いとの事だった。
壁には猫の為の台が設けられ、キャットタワーと言う猫用のアスレチックみたいな置き物があった。
そして至る所で猫が丸くなっていたり、腹を出して眠っていた。
「ここが憧れのガラスケースの中だね」と園田さんは俺を見上げた。
「なんだか緊張するな」
俺たちは昼寝中のキジ猫のそばに寄った。俺は猫に触れるのは初めてだった。園田さんも同様だった。
「猫さん、失礼します」と俺は言った。猫は軽く頭を上げ、俺たちの方を一瞬、見た。そして再び眠りはじめた。
俺はそっと猫の背中に触れた。想像よりもずっとなめらかで柔らかな手触りだった。
「私も失礼します」と園田さんは言い、猫の頭を撫でた。「わっ!凄い手触りイイ!モフモフ!」
「ほんとに。凄い。柔らかい」と俺もテンションが上がってきた。
ひとしきりキジ猫を撫で回した俺たちはソファに並んで座った。
「夢の様な空間だね」と園田さんは目を細めた。
「来てよかったよ」と俺が言った時、膝にかすかな重みを感じた。下を向いた俺は思わず身体を強張らせた。いつの間にか白猫が膝に乗っていた。俺のパーカーの紐に興味があるようだった。白猫は俺の胸に前足を掛け、紐に齧り付いた。おおお。めっちゃ可愛い!まんまるの大きな瞳が俺を見つめていた。撫でて良いものか迷った俺は硬直し続けた。すると俺の手に柔らかいモノが当たった。見ると黒猫が顔を擦り付けていた。気がつくと俺は猫に取り囲まれていた。天国か、ここは!
「えっ。なんで?久保くんばっかり」と園田さんは言い、唇を尖らせた。
「俺がいい人だからか?」
「それは絶対に違う」と園田さんは断言した。「あっ。分かった。そのパーカーだ!カサカサするからだ!」
「いや、俺の魅力じゃないのか?」
「絶対に違うし。ちょっと脱いでみてよ、そのパーカー」は園田さんは言いジトっとした目で俺を見た。
仕方なく、俺は猫を驚かせないよう、静かにパーカーを脱いだ。すると猫はパーカーの方へ寄って行った。そうか、俺よりパーカーの方が魅力的か。
「ほらね」と園田さんは得意気な口調で言った。「あれ?久保くん、随分とお洒落な格好してるねぇ」
「いや、普段着だよ」
「ホント?デートで気合入れて来たんじゃないの?」と園田さんは言い、いつの間にか俺の手からパーカーを奪い、袖を通していた。「おっ。やっぱ随分とブカいなこれ」
俺のパーカーを羽織った園田さんは身体を揺り、カサカサ音をたてた。すると猫たちはまっしぐらに園田さんへ向かって行った。
「わっ?凄い!みんな寄ってきた!うわっ。どうしよ?」と言い、満足気な笑みを浮かべた。
そんな光景を見ていると「可愛い」と口から溢れた。すると園田さんは自身を指差して俺を見つめた。俺が黙っていると、目を細めて顔を近づけて来た。近くで見る園田さんはいつもと少しだけ違った。薄くだが化粧をしているようだった。淡く色づいた唇を思わず見つめてしまう。
「うん。可愛い」と俺は繰り返した。
「ん?猫ちゃんの方?それとも?」と園田さんは言った。
「園田さん」と俺は言った。
「真奈美ちゃんって言ってくれても良かったけど、まあ及第点としようか」と園田さんは言い、口角を上げた。
「そうそう。久保くん。随分とお洒落だけど、いつも服はどこで買ってるの?」
「ああ。これはアウトレットモールかな」
「へえ。随分とマセてるね。ねぇねぇ、今度、連れてってくれないかな。私もセール品みたいよ」と園田さんは言い、俺の襟を掴んだ。
俺の服装は地味な茶色のチノパンに紺色のカットソーだ。シルエットが良いのだろうか。俺自身はよく分からないが、お洒落らしい。姉も悪くないな、と褒めていた。
「良いけど。俺なんかで良いのかよ」
「もちろん!気を遣わなくていいし、何より秘密を共有した仲じゃない!」と園田さんは言い、小指を差し出した。「ほら、久保君も!」
言われた俺も園田さんに小指を向けた。
「約束だよ!」と園田さんは言い、俺の小指に自身の小指を絡ませ、片目を閉じた。
猫カフェを出る時、店員さんに「凄く懐かれてましたね」と声を掛けられた。
「ありがとうございます。楽しかったです。懐かれたのはコレのお陰です」と園田さんは言い、俺のパーカーを引っ張った。「カサカサ音がするからです」
「なるほど。確かに猫が大好きなアイテムですね」と店員さんは笑みを浮かべて言った。「でも、猫は嫌いな相手には何をしても寄ってきません。貴方たちの事が気に入ったのだと思いますよ」
そう言われた俺たちは顔を見合わせて、笑いあった。
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