32人が本棚に入れています
本棚に追加
「早紀、今日も行くの? インフルはやってるから家で勉強すればいいのに」
「大丈夫だって。教室にふたりぐらいしかいないし。いってきまーす!」
母のいってらっしゃいの声を背に私は玄関を飛び出し、自転車にまたがった。向かうは高校、私は3年生だ。
1月の始業式を終えたあとは自由登校だから、本来なら学校に行く必要はない。
自習用に開放された教室で自主学習するだけ。
腕時計で時刻を確かめる。7時23分、定刻だ。このままペダルをこいであの高架橋に向かえば間違いない。
頬を指す冷たい空気も嫌いじゃない。だって気持ちがしゃんとするから。それに体が温まればそれもむしろ気持ちいい。
途中の信号でひとつ引っかかったけれど、それも織り込み済みだ。
目の前に坂が迎え出る、どうだ、君は乗り越える気はあるのか、と問われるように。
手前の直線で助走をつけて、できるだけスピードを落とさずに頂上に近づける。
最後の3メートル、ほら、後ろから聞こえてきた。
電車の音。3、2、1。
ちょうど頂上で電車と交差した。7時28分発のあの車両に春田は乗っている。
ペダルをこぐ足を止め、惰性で坂を下りながらその電車を見送る。
今日もいいことありますように。
*-*-*-*-*
普通に登校する徒歩の1、2年生の群れを追い越し、私は自転車置き場に到着した。
3年生の昇降口にはほとんど生徒はいない。でも春田はいた。さっきの電車を降りて徒歩でやってくる。
「おはよ、春田くん」
「お。斎藤も来たのかよ」
「来ちゃ悪い?」
「悪くねーけど、よくもない」
「なにそれ」
ふ、と鼻で笑う春田。同じ3年2組の生徒だ。奴は国立志望だからこれから2次試験が控えている。
私は既に私立の大学に合格しているから、もう勉強も必要ないのだけれど。
友だちの那奈がまだ決まってないから、一緒に自習している体で学校に来てる。
最初のコメントを投稿しよう!