ありはしないプランC

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   フローリングに膝をついた隆二はそのまま更に胃の中の物を吐き出す。麺がぶつ切れになったまま出てきた。朝食はまだ消化しきれていなかったようだ。  私は疑問に首を傾げる。拷問の末の遺体など見飽きているだろうに。ましてや、隆二は拷問をするほうではないだろうか。私はステーキをキッチン台に置いて隆二に近付く。手にキッチンペーパーを持つのを忘れない。 「どうした? 大丈夫か?」 「……あ、あの人なんか言ってた?」 「なぜだ?」  酸い香りがリビングを満たす。隆二にキッチンペーパーを渡しながら背中を摩ると涙目でそう訊かれた。赤髪の美しいヤンキーに潤んだ瞳で見上げられるというこのシチュエーションを好む人間はそれなりの数居るだろう。キッチンペーパーで口元を拭う隆二は「うーー……」となにやら唸りながら奥歯を噛み締める。 「……最近姿見なくて、どうしてんだろ、と思っていたんだけど。恋人……」 「うそだろ……」  私も腰が抜けてしまいフローリングに座り込む。隆二は「あーー……くそ」とぶつぶつ言葉の羅列を落としていく。痩躯をさらに縮こませ、肩を落とす隆二。声を上げて泣くこともしない、ただこの悍ましい世界に耐え忍ぶように身を縮める姿が痛々しかった。私たちは脆弱で、アキレス腱を切られると途端に駄目になる。 「で? どうすんだっけ。内臓どうにかするんだっけ」 「……隆二。もういい帰りな。私が呼んだのが悪い」 「あんねぇ、せんせぇは別に悪くないわけよ。……仕方ない。うん、仕方がないわけ……。弱いと死ぬ、それだけだよ。それだけ」  繰り返されるその言葉は自らに言い聞かせているようでなおさら胸が張り裂けそうになる。    隆二はふぅ、と深呼吸をして診察室に入っていく。私も彼の後に続いた。慈しむように女性の頬を撫ぜる隆二。朝の光を浴びるそれはまるで宗教画のようで耽美的であった。 「……風呂場ね。了解」  隆二はそう言って彼女を持ち上げた。その瞬間、なにかがころん、と床に落ちる。それが私の足元に転がってきた。私はそれを足でサッと隠す。隆二は気付いていないようで彼女の額にキスを落としたまま、ゆったりと風呂場に足を進めた。  隆二には言わなかったが、彼女は組長を殺そうとした容疑で拷問を受けた。彼女が犯人である確率は私には判断できない。ただ、彼女の最期の口振りからして関わっていることは確かなのだろう。  私は床に落ちたなにかを拾う。 「……これ以上関わりたくないな」  私はそのニッキ飴を白衣のポケットに仕舞った。
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