私について

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 そして次に目覚めたら、死んだと思った自分がまさか赤ちゃんになっていた。  私は日本で、滝川 零(たきがわ れい)として生まれた。  三歳の頃、初めて鏡を見て自分の姿を認識した。黒髪に少し茶色の目、丸くて小さい、凹凸感があまりない平面的な顔。天使と言われていた前世との顔の造りの違いに、そこでやっと私は別の人間に生まれ変わったのだと、実感した。  そしてしばらくして私は前世を調べ始めた。  しかし現代の最新の地図を見ても、かつてあった王国は地図にはおろか、歴史にも記載されていなかった。自分の命まで落として成功させたあの革命が、こんな地図にも歴史にも残らない呆気ないものになっているとは、夢にも思わなかった。  いいや、本当に夢だったのかもしれない。  真実だと語れるのは私の記憶だけだ。  あの日の暑さも、甘い紅茶の味も、硝煙の匂いも、侍女の泣き叫ぶ声も、多くの兵士の死体も、全身を凍らせる程の絶望も、首に刃が触れる恐ろしい瞬間も、こんなにもはっきりと思い出せるのに、証明できる術を私は持っていない。  誰も私を覚えていない。誰も私を知らない。  誰か、一人でもいいから、私を覚えていると言ってほしい。    そう悩んでいた、高校一年生の九月。  高校生で初めての文化祭。私のクラスでは喫茶店をすることになり、私はチラシを配る役目を任された。しかもフリルをふんだんに使用したメイド服を着て、だ。  普通なら少し抵抗があるメイド服だが、前世でフリルどころかレースや宝石を散りばめたドレスを日常的に着ていた私にとって、メイド服なんて大したことはない。問題はどれだけお客様を獲得できるかだ。  とりあえず私は一番人が集まる玄関口でチラシを配ることにした。そして最初に目についた、学ランを着た中学生ぐらいの男の子に突撃した。 「こんにちは! よろしければ喫茶店など……」  少し声を高くして近づき、チラシを差し出そうと顔を上げた時、私の心臓は、静かに止まった。  艶やかな黒髪、すっきりと通った鼻筋、研いだ刃のような鋭い目つき、きらきらと華やかな美しさとは裏腹にどこか薄暗さを持ち合わせていた。相手の男の子も私の顔を見て、驚いたように大きく目を開く。  私は、この人を知っている。 「ギーヴ」  小さく呟いた瞬間、前世の記憶が脳裏に浮かび、現世との境を曖昧にした。  革命の日、私は両親の無事を確かめたくて、玉座の間に向かっていた。  すぐに息が上がる弱い身体を叱咤して目的の場所に着いた時には、母は血の池に沈み、父は革命軍の一人に剣で心臓を貫かれていた。信じたくない光景だった。けれど、信じたくなかったのは両親の死以上に。  私の護衛役だった男が、両親の血で濡らした剣を持っていた事実だった。  彼の名は、ギーヴ  彼は革命軍のスパイで    私を裏切った恋人だ。
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