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最悪な出会い
私は急いで踵を返し、その場から離れた。
しかし後ろから迫る足音を振り切れず、とうとう人気の少ないところで腕を掴まれ、壁に押し付けられた。
「よお、アリア姫。随分可愛らしい恰好をしておいでで」
にやりと凶悪に笑うギーヴが私を見下ろした。
開口一番にこの言葉だ。ギーヴは私と同じ、前世の記憶を持っている。
けれど、ここで私も覚えているとバレるわけにはいかない。自分が死ぬきっかけを作った男と関わるなんて、御免だ。私はギーヴを睨みつけた。
「どちら様かしら。ナンパならお断りよ」
「今俺のことギーヴって言ったよな?」
「さあ」
私の姿も昔と違うし、ギーヴだって違う。
ギーヴはサラサラの深紅の長い髪を一つに括っていて、冬色の瞳を持っていた。私より五歳年上の男性で均等にとれた筋肉は惚れ惚れするほど頼もしかった。しかし今のギーヴは中学生で年下。顔は前世と同じくらい整った顔をしているが、顔も髪も目も身体も全然違う。
それでもギーヴだとわかったのは、魂が知っていると叫んだから。
けれどここで頷くわけにはいかない。知らんぷり続行だ。
顔を背けていると、ギーヴの手が頬を包み、私の顔をあげさせた。
「昔はもっと可愛げあったのになぁ。ベッドの上では可愛い声出して俺に甘えてたのに……」
吐息混じりの低い声が鼓膜を揺らし、頬がかっと熱くなった。
「変な言い方しないで! 眠れないから一緒に寝てってお願いした、だ、け……」
反射的に言い返しながら、自分の失言に気づく。したり顔で笑うギーヴと目が合った。
腹立たしさと自分の単純さに呆れつつ、私はせめてもの抵抗で彼から顔を背ける。
ギーヴからふっと笑う気配を感じた。
「まさか俺以外に記憶がある奴がいるなんて思わなかった。そっちは?」
「私もあなたが初めてよ。記憶を持ってる人に会いたいと思ってたけど、よりにもよってあなたなんて。二度と会いたくなかったのに」
私はあの日以来ギーヴに会っていない。私が民衆の前で斬首刑にされる瞬間ですら、彼は会いにきてくれなかった。なんで、だなんてそんなことわかりきっている。
兵の配置や警備のスケジュールを把握するため、王である私の父の信頼を勝ち取るため、私の護衛役となり、恋人になったのだ。すべては革命を成功させるため。
愛されていると勘違いした馬鹿な私。
何も知らない、無知な私。
視界がすりガラスのように滲みだす。今目を瞑れば、一層惨めになる。
すると、手首を掴んでいたギーヴの手の力が弱まって、私は静かに腕を下ろした。怪訝に思って見上げると、ギーヴは悲痛な面持ちで、私を見ていて。見たこともない彼の表情に、私は驚いた。
「あの日は、悪かった」
懺悔の言葉。それが全身へ、そして脳に伝って理解した時、怒りで身体が震えた。
私は感情のままギーヴを突き飛ばす。
「今更何よ! もう二度と私の前に現れないで!」
私はギーヴの顔を見ずに、その場から走った。
走るこの行為は、いつもあの日を想起させる。
今ここが、現世なのか前世なのかわからなくて。恐怖だけが私の身体を動かし、走り続けた。
謝られても、この恐怖も悲しみも消えはしない。許せるはずがない。
息が上がり動けなくなって、やっと私は涙を流した。
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