記憶

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 深夜(しんや)の受験の日が近づいてきた。  私の高校を受ける予定らしく、深夜は勉強を教えてくれと突然私の部屋に上がり込んだ。 「ほら、勉強するんでしょ」  私は部屋に来て早々ベッドの上で寛ぎ始める深夜の身体を揺すった。何しに来たんだ、この男。  中々起きない彼に私はクッションを投げようとするが、容易に手首を掴まれる。私と目が合った深夜は悪戯に成功したような笑みを浮かべていた。 「昔は勉強をサボるあんたを連れ戻すのが俺の役目だったのになぁ。覚えてるか? 勉強をサボろうと部屋から抜け出そうとしたあんたを、俺がすぐに捕まえてさ。その時のあんたの驚いた顔は傑作だった」 「……」 「アリア?」 「……ええ、覚えているわ。それより深夜、早く勉強しなさい」  私は深夜の手を振り払い、背を向けた。    最近、前世の記憶がすぐに思い出せなくなった。深く記憶を探ると思い出せるが、前のように頭にすぐ浮かんでこない。深夜とギーヴが重なることも少なくなった。  どうしたんだろう。恋焦がれるように、いつも私の胸を燻らせていたのに。  私は目を閉じた。  母の穏やかな声、父の大きな手、侍女たちがこっそりくれたお菓子、ギーヴの温もり、愛おしい程満たされたあの日々。全てが鮮明に美しく、キラキラと輝きながら私の胸にある。  大丈夫だ。思い出せる。  無意味に問題集のページをぺらぺらと捲っていると、トントンと肩を叩かれ振り向く。深夜は、ベッドに寝転びながら頬杖をついて、にやりと微笑んだ。 「あれ着てくれよ。そしたらやる気出るかも」  深夜が指を差した先にあったのは、壁に掛けてあったメイド服だった。あれは文化祭の時着ていたメイド服で、衣装係の人の厚意で貰ったものだ。一瞬メイド服を着る自分の姿を想像し、顔が熱くなった。 「絶対に嫌!」  あまりの恥ずかしさに思わず立ち上がって否定すると、深夜は驚いたように目を開いた後、怪訝そうに眉を顰めた。 「前は普通に着てたじゃねぇか。なに今更恥ずかしがってんだよ」  深夜の言葉に、背筋が凍り付く。  確かにそうだ。私はメイド服なんか着るのは恥ずかしくなかった。  久し振りだから? 深夜がいるから?   自分の変化に、得も言えぬ恐怖が襲った。
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