9人が本棚に入れています
本棚に追加
「ずっと後悔していた」
ぐっと彼は私の手を握り返した。
「俺は確かに革命軍の仲間で、あんたに近づいたのも、革命を成功させるためだった。けど、あんたは外の世界のことなんか知らなくて、素直で、純粋で、俺を、慕ってくれた」
握る力がだんだんと強くなる。その度に公園の蛍光灯の光が彼の顔に暗い影を落とす。
「あの日、せめてあんただけでも助けたかった。王さえ殺せば、きっとあんただけは助けられると。けど、仲間の興奮と暴走で、俺の声は届かず、あんたを死なせちまった」
“アリア”は静かに彼の言葉を聞く。
「ごめん。ごめんな、アリア」
“アリア”は小さく首を振る。
「俺は、昔も今もずっと……」
熱を帯びた彼の瞳が、“アリア”にも移ったかのように潤んだ瞳で彼を見上げる。
「アリア、あんたを愛している」
私は、静かに涙を流した。
流れた涙は決して喜びからではない。
悔しさで、涙を流したのだ。
私は、”零”よ。
”アリア”じゃない。
あなたはずっと、私を通して”アリア”を見ているのね。
悔しいな。私も、あなたを愛しているのに。
その言葉は私に向けられたものじゃない。
「俺はあんたに会うために、この記憶を持って生まれたんだ」
彼は、“アリア“の頬に触れ、そのまま唇を奪う。唇を甘く食まれ、薄く開いた口から濡れた舌が強引に捻じ込んできた。舌を絡めとられ、口内を貪り尽くされる。深い口づけとそれによって齎された甘い疼きを感じるのに、それを与えられているのは”私“ではない。
──嬉しい。ずっと、ずっと、あなたの本当の気持ちが知りたかったの
──私も、あなたを愛しているわ
”アリア”が歓喜で震えている。
私は”滝川 零”として深夜が好きなのに、私のこの想いは今の彼には届かない。
それでも
アリアじゃない私が、彼と一緒に生きていきたいの。
そう思った時、前世の記憶が薄れていくのを感じた。
私はそれを、受け入れる。
ごめんね、アリア。またあなたを死なせてしまう。
──いいえ。本当なら私はこの言葉を聞けるはずがなかったの。それなのに私が、あなたの人生の邪魔をしてしまった
そんなこと思ってないよ。この記憶があったから、彼にも出会えたの。
──ごめんなさい。だけど、ありがとう
──さようなら
美しかった、愛おしかった日々の記憶がさざ波に飲まれるように、ゆっくりと消えていく。
アリアが消えていく。
記憶がなくなった私を、彼はどう思うだろうか。
ぽっかりと穴が広がる。
大切だったのに、もうそれが何か思い出せない。
瞼の裏に微かに残る、黄金の髪の女性が私に微笑みかけた。
──がんばって
その言葉に、私は頷く。
きっと彼女を消したのは、私が彼と前へ進むためだから。
最初のコメントを投稿しよう!