一度きりのスノードームボールペン

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「どうして30分なの? 何故二度と、購入できないの?」 「決まりです。そういう成約で、わたしは作っております」 「店員さんが作ったボールペンなの?」 「はい。このボールペンはすごいボールペンで、魔法みたい描けて、一度きりしか使えません」  僕は目を見開く。  父さんの声を思い出した。 「ここに父さんが来たことがあるの?」 「……さあ?」  冷ややかな店員に対して質問を変えてみることにした。 「描いた絵は、どうなるの?」 「30分たつと、消えます」 「き、消えちゃうの?」 「はい。ただ、一番思い入れのあった絵だけは、インクが切れた後も、紙に形として残ります」 「……そう、なんだ」 「ただ先ほども申し上げましたが、そのボールペンはおすすめですよ」 「おすすめ?」 「はい。わたしの目に狂いがなければ、君を描くのがとても好きですね。だからきっと、そのスノードームボールペンを30分使った後、振り返った時、君の人生には素敵な足跡がついていると思いますよ」 「足跡?」  店員はこくりと頷いた。 「30分って、ずいぶん短いね」  僕がそうぼやくと、店員は穏やかに答える。 「短いと思われますか? でも30分という時間はちっぽけではなく、とても大きいのです」 「大きい?」 「はい。それで……いかがされますか?」  僕はそう聞かれ悩む。  30分しかもたない。  使えるのは一度きり。 「やめて頂いても、結構です」  僕は眉をひそめ、怪しさ満載のスノードームボールペンを見る。気になることはたくさんある。けどこんな不思議なボールペンは他にないし、だからこそ早く決断できた。 「……使います」  僕は頷いた。店員の口許がさらに緩む。 「ありがとうございます。僕のスノードームボールペンを使ってくれるということなら、目を見て挨拶しましょう」  店員は帽子をとる。すると、ぴょこと長くて白い耳が出てきた。  白い耳……。  僕は、開いた口がふさがらない。 「何それ!?」 「これは耳です」 「それは、分かる、んだけど……」  僕が口ごもると、彼はふふふと笑う。 「わたしはウサギの国に仕える魔法使い、名前はライムです。人間に魔法を見せたくて、ウサギの国から15時間かけ、日本に辿り着き、20才の人間の男の人に変身して、空き地を転々としています。次の場所に移る予定前に、君に会えて良かったです」 「……ええと」 「興味ないですか」 「いや、そうじゃなくて……」  僕は、話についていくのがやっとだ。  このかっこいい人はウサギ……。  ライムは冷静な顔でこほんと咳払いをする。 「わたしは案内人として、君についていきますね」 「ついてくる?」 「今から、スノードームの世界へ向かいます」 「スノードームの世界?」 「そのボールペンの側面に見えてる世界ですよ。そこで30分間、絵を描くことができます」 「この世界、で……?」 「はい。絵を描く準備はできましたか? できたらボールペンについているうさぎの耳をノックしてください」  僕が戸惑いながらも、ボールペンをノックした。その瞬間、店の中なのに、ふわっと風が吹いた。ライムは、僕に優しく微笑む。そして僕は、ふっと意識を失った。
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