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気がついて目を開ける。
来ていた。先ほど、スノードームボールペンの側面に見えた世界に。見渡す限り、きれいな夜空と、雪景色がそこに広がっていた。隣にライムがいる。僕は先ほど購入したスノードームボールペンを右手に持っていた。ボールペンを見ると、デジタル式のタイマーが、ノック部分のうさぎに、小さく表示されている。30分から0に向けてカウントダウンが始まっている。
「さあ、描いてください」
ライムは言う。
「本当に来れるんだね、スノードームボールペンの世界に」
「はい」
「ここは寒いね。あと、空気が意外に澄んでる」
「雪は本物ですよ。空気はボールペンの外の世界と結んで循環されているので澄んでいるんです。ちゃんと息ができます。空も同様に外の世界と同じようになります」
「へえ……」
「それよりも、さ、早く絵を描いてください」
ライムはそう急かしたが、僕は目の前に広がる雪景色を見て、目をぱちぱちさせる。
「紙もないのに、どうやって?」
ライムは穏やかに笑う。
「紙は必要ありません。ほら、こうして」
ライムは、ボールペンを持つ僕の手を取り、空中で、簡単な車の絵を描きはじめる描き心地は、空気中だというのに、ボールペンそのものだ。空中に描いたはずの絵は、はっきりと、僕の目の前に見えている。描き終えると、浮かび上がり、自動で絵に色がつき、車は、僕とライムの周りを走り始めた。
「わあ!」
「描いた絵は色がつき、動きます。さあ、やってみてください」
「うん」
僕はバスの絵を描く。描き終えると、また自動的に色がつき、バスはくるくると走る。
「凄い」
「君の描いたこのバスの上に、乗ることもできます」
僕はバスの上に乗る。勢いよく動き出した。
「楽しいですか」
「うん!」
「時間の限り、好きに描いてください」
僕は頷き、さらに絵を描き始めた。乗り物から始まり、バスの次にはタクシー、救急車、消防車を描き、今度は動物。犬、猫、うさぎ、くまと描く。最後は景色。空、雲、マンション、信号……思い付くままに。目の前に広がる描いた絵。気持ちも表情も綻んで、父さんをうしなった僕に温かい気持ちが、じんわりと広がっていく。
「夢みたいだ」
「君の描きたい世界を見れて、わたしは幸せです。乗り物と動物と景色。よく描けています」
「僕、もっと描いてみる!」
「はい」
僕はひたすらに絵を描く。飛行機を描くと、その飛行機に、僕は飛び乗る。絵は緩やかな風に乗るように動いている。親指と人差し指で、描いた絵をつまむこともできた。飛行機で風を切ると、ゆらゆらと細かな雪が、空から舞い降りてくる。
「ライムの作ったこのスノードームボールペンは、凄いんだね」
「ありがとうございます」
ライムはにこりとする。
自分の周りを、自分の描いた絵が、緩やかに動いているのを見て、僕は嬉しかった。描いているものが、踊っているようだ。
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