75人が本棚に入れています
本棚に追加
16
16
〜宝〜
如月が買ってきたパンは、クロワッサン生地の中にホイップクリームとイチゴが挟まったメルヘンチックなモノだった。
一緒に買ってきてくれたコーヒーの苦味がちょうどいい。
パンに齧り付いたら、ポロポロと生地が落ちるもんだから、それを気にしていたら、如月の指が俺の唇を掬うように撫でた。
「何?」
「クリーム」
如月は指先を立てて掬い取ったクリームを見せる。
俺はティッシュを取ろうと手を伸ばすと、視界の端で指先をパクッと口にしたのが見えた。
ゆっくり首だけ捻る。
「食べた?」
チュッと甘い音をさせて、如月は口から指を引き抜く。
「うん…あっまい」
悪びれる事のない如月を見て、ティッシュに伸ばしていた手を床について項垂れた。
「如月はさぁ…」
「俺、行くわ。殺虫剤買いに行かなきゃ」
「ぇ…あ、うん…」
「じゃ、ありがとう」
俺は体勢を立て直し「いえいえ」と頭を下げた。
呆気なく出て行った如月に呆然とする。
そのままフローリングに横たわったら、パラパラ落ちたクロワッサン生地が床に散乱していた。
「彼女にも…あんな風にすんのかな」
横向きになった視界にシングルの布団が一つ。
大きな腕に抱かれて眠った夜が、俺の中で確実に爪痕を残していた。
最初のコメントを投稿しよう!