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〜宝〜
引越し初日の夜、如月がうちに泊まり、何の流れなんだか分からないまま、翌日には凪野と舟木が如月宅に押しかけていた。
「何ぃ〜、じゃあ、昨日はゴキちゃんが出たからつづちゃんは井波くんちに泊まったの?なんか楽しそうで良いなぁ〜」
フローリングで胡座をかいて足首を掴みながら、起き上がり小法師のようにユラユラ揺れる凪野。
「楽しくないだろ…先住民がいるなんて聞いてないよ」
如月が心底困った顔をする。
俺は二人が押しかけて来た事を知らされ、向かいの如月宅に来ていた。
膝にはギターを抱えて、じゃらじゃらとデタラメなリフを弾く。
「あれ?それなんか良いね」
凪野がギターの音に耳を傾けて呟いた。
「うん、まぁ、まだ形になってないけどな。次やるならこんな感じかな」
「井波はずっと音楽の事しか考えてないな」
如月が苦笑いにも似た顔で笑いながら言うもんだから呆れているのかと思った。
「他に考える事なんてないだろ?」
そう返したら、悲しげにまた笑う。
凪野の視線がチラチラ俺と如月の顔を行ったり来たりする。
「何だよ」
「いや、井波くんて、本当音楽バカなんだなと思って」
「はぁ?」
思わず眉間に皺を寄せると、凪野は慌てた様子で「まぁまぁ」と俺を宥めた。
「何がまぁまぁだよ。今は一日でも早く結果出さないと…鮫島さんだって、三年って区切ってるわけだし」
そう言いながら、チラッと如月の顔を盗み見ると、俺にニッコリ微笑みながら、「そうだね」と笑った。
如月の笑顔には幾つかのパターンがあるようだったけど、それが分かるくらいで、奴が何を考えているのかまではいまいち掴み切れなかった。
知りたい自分と、怖がる自分の狭間で揺れながら、俺はただ凪いだ海のように静かにしていた。
「てかさぁ、二人ともバイトとか決まった?」
凪野が現実に引き戻す質問をする。
俺と如月は、それこそ顔を見合わせて苦笑いし合った。
「まぁ…一応…な」
如月に同意を求めると、長い髪を掻き上げながら、「何とかだな」と笑う。
「何々!どんな仕事?」
凪野は目をキラキラさせて、催促する。
「俺は前と一緒だよ。チェーン店だったから、中のシステムそんな変わんないし、寿司屋。賄いもあるしな」
「なるほど!昔取った杵柄ってやつね!」
凪野が得意げに言うと、舟木がケラケラ笑いながら「瞬、難しい言葉使っちゃって」と言った。
「ふふ、で!つづちゃんは?こっちでも工場じゃないよね?」
如月は凪野の問いかけに乾いた笑いを見せた。
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