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〜宝〜
凪野と舟木が如月の家に一泊した翌日、早朝から三人で押しかけて来て、結局その日の夕方、如月のバイトまで俺達は四人でダラダラと音楽の話をして時間を過ごした。
そして、如月がバイトに出た後、凪野が面白がってバイト先潜入!などと言いながら様子をうかがいに来たというわけだ。
しかし…立ってる…ただ、店の前に立ってるだけだ。
アイツの仕事、カーネルサンダースかよ…。
俺と凪野と舟木は百貨店の婦人靴売り場が見える大きな柱の影からトーテンポールのようになりながら、店の前に立つ如月を見ていた。
早速仕事が入っていた如月は、俺達と遊ぶ事も許されずこうして仕事をしているらしいのだけど。
「ねぇねぇ、つづちゃん、めちゃくちゃ綺麗なお姉さん達に囲まれ始めてるよ。」
一番下にいる凪野が上目遣いに真ん中の舟木を飛ばして俺に視線を送ってくる。
「…だから?」
「東京でもすぐ彼女出来ちゃうね」
「はぁ?俺の知った事じゃねぇし。それに、如月にはリアラさんが」
「リアラさんは彼女じゃないよ」
真ん中の舟木が口を挟む。
「はぁ?おまえらさ、揃って何言ってんだよ。」
あんなに仲良くしてたじゃないか…
いつぞやの記憶が蘇る。
如月とリアラさんの絡み。
壁に押さえつけられた如月は、リアラさんにされるがままで…。
まぁ…本人は彼女じゃないとか、本命がいるのにとか言ってたけど…。
「だって…リアラさんから聞いたんだ」
舟木が呟く。
「何を?」
やべ、すげぇ早さで質問しちゃったじゃん。
「つづちゃん大好きな子がいるのよって」
舟木の言葉に、店の前に立ち、人寄せをしている如月に目をやる。
大好き…
如月を相手にしない女なんているのかよ…
如月に大好きなんて…言われる奴がいるんだ
大好き…大好きねぇ…
結局、ずっと如月を眺めてるわけにもいかないので俺達には似合わない百貨店を後に、向かいのファーストフード店に入った。
如月の仕事終わりに、凪野が持ってきた話のライブハウスに行ってみることにしたんだ。
コーヒーを飲みながら、さっきの舟木のセリフがこだまする。
大好きな子…
「井…くん…井波くんってばっ!!つづちゃん来たよっ!」
「へっ?あっ!おぅっ!お疲れっ!」
如月は呆気にとられて棒立ちだ。
俺があまりに勢いよく挨拶なんてしたから。
凪野は堪え切れないとばかりに笑い出す。
舟木はそんな凪野の口を押さえつけるようにして黙らせようとした。俺が凪野には厳しいと知っているからだ。何故厳しいかって…理由は特にない。
「お疲れ様。元気な井波、珍しいね」
ニッコリ笑う如月。俺は多分、赤面した顔を誤魔化すように、如月の胸元を拳で叩いた。
近づいた身体からフワッと香る甘い香水の匂いに固まってしまう。
如月は俺の拳を握った手首を掴み、少し屈んで俯く俺の顔を覗き込んできた。
綺麗な目が何かを見透かすように迫ってくる。
鼻先が触れそうな距離。
「井波?」
心配そうな良い声が俺を呼ぶ。
如月は人との距離感が近い。
人嫌いなくせに人たらしでいけない。
「香水…クッサ」
ムスッと不貞腐れたままの顔で思わず呟いてしまった。
如月はブワッと目を開いた。
一瞬怒ったかと思ったら、自分の腕なんかを嗅いで「うそ、臭い?」と焦っている。
その素直な反応が何だか可愛く見えるから不思議だ。
こんな男、他にいない。
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