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59 〜綴〜 控室はいつものライブハウスの楽屋に比べて、清潔な上、広すぎた。 客席から見たステージの幅はいくつくらいだろうか。 リハーサルをした筈なのに、本番を前に膝が馬鹿みたいに震えていた。 黒の長い巻きスカートに隠されているからきっと誰も気づかない。 そう思っていたのに、後ろから鮫島さんに背中を張り手された。 「ぅわっ!」 舞台袖で前のめりになる。 「つづ」 振り返ると、トサカ頭になった鮫島さんがスティックをクルクル回しながら俺をジッと見つめた。 「いいか、おまえは最高のボーカリストだ。後ろは俺と瞬に任せろ。井波と彩は前でおまえを引っ張って高いとこに連れてってくれる。安心して歌え」 鮫島さんの真面目過ぎる言葉にツンと鼻の奥が痛んだ。 ギュッと拳を握り、スゥッと息を吸い込み、ゆっくり吐き出してから、しっかりと頷いた。 すると、今度はクイクイと凪野が袖を引っ張る。 振り向くと、三人がピースサインを突き出していた。 「如月…ぶちかますぜ」 井波の言葉に、俺はニッと口角を引き上げた。五人ならなんでも出来ると確信する。膝の震えは、あっという間に止まっていた。 照明が強い光を放ち、ステージを白くする。 光が一気に落ちて、真っ赤なライティングが閃光のようにステージから客席に突き抜ける。 キャーッという悲鳴のような歓声。 モニターに足をかけ、マイクを握り、声を上げた。 「NOT-FOUNDだぁーっっ!!行くぞおまえらぁーっっ!!falling downッッ!!」 ♪ 暗闇に泣いた 閉じ込めて溢れて涙 緋色 灯りのないまま 滲む夢の爪痕 群像 薄れた明けの光に天使と 闇に舞ったリアリズム投げて 少し酔ってる 少し迷って 君の匂いが揺れながら消えていく 伸ばした指先の 君は夢幾つも夢 抱えたまま さよならと言わないで  ♪ 激しいロックチューンから始まったライブは、ホールが揺れるような、生き物になったような、そんな勢いがあった。 激しく客席を煽る。 ここぞとばかりに、井波の頰を撫でたり、肩を抱いたりする。 その度に興奮した女達は息を詰めるように手を組んで陶酔した瞳を潤ませた。 幻想的な光の渦がクルクルと渦を巻き、絵の具が混ざり切らなないような濁った絵が背後のスクリーンに写し出される。 「…椿」 ♪ 落ちた椿 恋に堕ちて 花弁 踏まれ 滲んだ血がアスファルトに色を 歪んだ月の 歪んだ想い 波紋が 揺れて 影も落とさない暗闇で夢無くし 寂しくはないよと体引き寄せて 苦しくはないと唇噛み締めて 寂しくはないよと体引き寄せて 苦しくはないと唇重ねたら 赤い舌裸にしよう ♪ 妖しく、暗いメロディの中、さっきとはうってかわって囁くように歌う。 甘く…波に流されているような…静かな、それでいて熱い…井波への…これは愛。 赤い、赤い舌を絡めて、喘がせるような… 愛おしい快楽に…狂いたいんだ 身体をくねらせるように柔らかく揺れながら、マイクスタンドを指先でいやらしく撫で上げる。 チラリと井波の方を見ると、暗闇の中で緑に照らされた彼は、妖しく舌舐めずりしながら客席を煽っている。 白い肌が馬鹿みたいに綺麗に浮き上がり、ストロークする指先にまで視線を奪われてしまう。 あぁ…たまんない。 ゆっくり後ろから近づいて、首筋に舌を這わせた。 井波は動揺する事なくギターを弾き続け、誰もがパフォーマンスだと納得しながら、歓声を張り上げる。 井波 俺はおまえのギターで、息をしてる。 おまえの音楽で、俺は泳いでいるんだよ。
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