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6 〜綴〜 父親の葬儀までがあっという間に終わった。 母親は今まで暴力や、精神的苦痛を受けていたけど、大黒柱を失った不安が勝るのか、よく泣いていた。 俺はそれを宥めて、無力感を感じるとともに、将来を悲観していた。 俺を大事に育ててくれた母を一人置いて東京には行けない。 たったそれだけの理由で、俺は工場で働くおじいさんと自分を重ねていた。 怖くなった。あの老人のように、薄暗い工場の中、永遠とも思える流れ作業に飲み込まれていく。 だけど、母親を置いていけるほど俺は悪にもなれない。 ワイパーが雨を振り切るように、目の前の暗闇を切り裂いていけたら良いのに。 苦笑いしながら、井波の家を目指した。 店の横に車を止めると、中から井波が出てきた。 「部屋にいなよ。濡れる」 車から降りながら声をかけると、傘を差し掛けてくる井波は笑いながら言った。 「優しいからな、俺」 「…自分で言い出した」 「ヒャヒャヒャ」 白い目で見てやると、井波はいつもの調子で笑った。 相合い傘で店に入る。 「土砂降りだな」 井波が傘をパタパタさせながら言う。 「うん、酷い天気」 そういうと、井波が俺をジッと見て言った。 「おまえも酷い顔だ」 「言われた事ないから新鮮」 「嫌味かよ、顔面国宝」 「ハハ、ありがとう」 井波は悔しそうに赤い舌を出して階段を上がる。 後に続いて、久しぶりに部屋へ入った。 相変わらずの吸い殻がパンパンの灰皿にボロボロの黒いソファー。 向かいに並んだギターと、ベッドに寝かされたギター。 俺はドサッと定位置のソファーに座る。 タバコに火をつけて煙を吐き出すと、井波はベッドに飛び乗り、胡座をかいた膝にギターを抱え、前屈みに呟いた。 「正直、何て言ってやれば楽になるのか…分かんなくてさ」 「うん、大丈夫。井波の顔見たかっただけだよ」 井波は眉間に皺を寄せる。 「何?その顔」 俺も同じように顔を顰める。 「如月はさ、その顔でそういう事を言うの、考えて言ってるの?」 「はぁ?」 「マジでさ、誰でも惚れちゃうような綺麗な顔してさ、あんまり簡単にそういう言葉を」 「井波は俺に口説かれてると思ったの?」 「はっ?!何っ…え…いやっ…じゃなくてっ!」 「なぁんだ、違うのか…」 慌てる井波が可愛かった。垂れた瞳がキョロキョロ泳いで、どうしょうもないくらい白い肌が紅潮している。 俺はベッドにのしのしと四つん這いで近づいていく。 「なっなっ何っ?!」 両手をベッドに掛け、片膝を上げる。スプリングが軋んで、ギターを抱えたままの井波は後ろ手をついて仰反る。 お構い無しに井波の両脇の隙間に手をつき、顔を寄せた。 唇ギリギリにキスをする。 井波は目を見開いたまま、俺も目を開けたまま井波を見つめた。 ゆっくり離れて鼻先を擦り合わす。 「井波…俺…バンド辞めるかも」 伏せていた目を開けて井波を見ると、みるみる開かれるその垂れた瞳はグンと俺に近づいた。 「んぅっ!」 温かい唇。 あの赤い舌が俺の舌に絡む。 一瞬の出来事のあと、井波は俺を睨みつけ言い放った。 「いっ!やっ!だっ!!」 離れた唇は、我儘な子供のように乱暴な言葉を吐き捨てる。 「絶対ダメだっ!」 俺は一瞬ポカンとしたまま長いワンレンの髪を掻き上げた。 「な…なんでキス…」 「嫌だからだよっ!!」 「…お、まえさぁ…それは理由に」 「許さないからなっ!…辞めるなんて…許すかよ」 井波は俺の腕の服を握り、涙を堪えるように呟いた。
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