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63 〜宝〜 「井波くん…だったね」 田中氏は苦笑いを含んだ表情で俺を見つめる。 「俺はね、君達の音楽性に惹かれてここまで来たんだ。解体して、如月くんだけ引き抜こうとしたほかのレコード会社の奴らは、悪いけど俺が追い返してしまったよ。まだまだ荒削りで、正直演奏も下手だし、如月くんの体力面も強化が必要ってとこで、問題点は幾つかあるんだけど、バンド自体のカリスマ性は抜群だ。…うちに来て、やってみないか」 俺は差し出された手をジッと見つめて、その後にメンバーの顔をぐるっと見渡した。 鮫島さんはニヤッと笑い、凪野と舟木はバスタオルの端をギュッと握りうんうんと頷く。最後に如月を見ると、その美しい顔は優しく微笑み、頭をコテンと傾ける。それはまるで、井波はどうしたいの?と言われているようだった。 田中氏を見上げ、ゆっくり椅子から立ち上がる。向かい合い、差し出された手に手を差し出した。 「…宜しく…お願いします」 田中さんはギュッと俺の手を握ってから、それを離すと脇を締めて「っしゃ!!」と小さくガッツポーズした。 そこからは酒盛り。 打ち上げで総仕上げだ。 「田中さぁ〜ん!マジでっ!マジで俺たちでいいんすかぁ〜」 凪野が田中さんに絡みまくっているのをぼんやり眺めて、視線を移すと如月はよく分からないおじさん達に囲まれていた。 喧騒の中、耳を澄ますけどあんまり聞き取れない。 歌詞がどうとか、女関係がどうとか…。 ちょっと困ったような苦笑いで「えぇ、えぇ」と丁寧に返事を返しながら、長い髪をかきあげる。 遠めに見ても、目を引く美貌。 如月に纏わりつく奴等が、舌舐めずりをしている肉食獣に見えてくる。 みんな涎を垂らして如月を狙っている。それは変な話、女に限らないと今更ながらに痛感していた。 酒が入ると思考が停止しはじめる。 騒がしかった居酒屋の喧騒は遠のいていくばかりだ。 「井波…井波ってば…」 「ダメだね、電池切れてるよ」 「井波くん、酔い始めは良く喋るのにね」 「ったく…これじゃ、壊れたロボットだな」 メンバーの声が一頻りかかった後、俺はすっかり記憶を失くした。
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