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〜綴〜
打ち上げは場所を変えて朝まで続いた。
俺の周りにはかわるがわる音楽関係者と名乗る大人がやって来た。
難しい話をされていたわけじゃないけど、妙に疲れた飲みになった。
井波は最初こそ絶好調で、いつものヒャヒャヒャという変わった笑いを披露していたけど、わりと早い段階で壊れたロボットとなり、果ては座敷で眠り込んでいた。無防備にもほどがある。
「如月くん、強いねぇ〜、全然変わらないじゃない」
周りに来る知らない人が感心しながらグラスに酒を注いでくれる。
父親に似たせいか、酒は強かった。ただ、親父のように暴れたりだけは考えられない。そんな思いが強かったせいなのかは分からないが、俺は幾ら飲んでも多少顔が火照る事があるくらいで、変わりはしなかった。
最後は田中さんが会計をしていた気がする。
酔いよりも眠気が勝り、記憶は不鮮明だった。
タクシーに乗せられ、ボロアパートに着いた時にようやく意識がはっきりする。
グダグダの井波を肩に担いで、俺の部屋に連れて帰った。
井波は「ポケットに鍵」と呟いていたけど、俺はそれを無視した。
フローリングに敷いたシングルの布団に井波を寝かす。
そっと横に寄り添い、その身体を抱きしめた。
髪にキスをしながら目を閉じる。
お互い酒臭い。さすがにロマンチックなムードとは程遠いとも言える。
俺はそれがなんだか可笑しくて、髪に頰を寄せながらフフッと笑った。
あわよくば…なんて、男なら誰でも思う状況なのに、全く変だ。
今はこうして、華奢な酒に潰れた井波の身体をギュッと抱きしめるだけで不思議と満たされた。
「おぃ…」
「あれ?起きた?」
後ろから抱きついていた俺は井波を覗き込もうとする。井波は顔を布団側に逸らし、腰に回っていた俺の手を腹に引き込んだ。井波を後ろからより強く抱きしめるような形になり、覗き込もうとした頭を力なく布団に戻した。
「何?…甘えてんの?」
クスッと笑いながら問いかける。
「…そうかもな」
ぶっきらぼうな返事が返ってくる。
「ハハ…甘えん坊…」
「…如月…」
「何?」
「…何でもない」
俺は、井波を引き寄せた。首筋に唇を寄せて呟く。
「好きだよ」
井波がモゾモゾと俺に振り向いた。
布団の上で向き合って見つめ合う。
「俺が不安になってると思ったのかよ」
井波は俺を睨む。
「それは…音楽の事?…それとも…俺の事?」
聞き返してから後悔した。
井波は俺なんかの事で不安になったりしない。
目を伏せると、唇が塞がれた。
熱い舌が俺の口内を犯す。俺は驚いて目を見開いた。離れた小さな口が喋り出す。
「…おまえの事だよ…」
「えっ」
「えって…何だよ。俺は音楽が好きだけど、そんなバカみたいにずっとその事ばっか考えてるわけじゃない。俺は…如月が好きだ…不安になったり…しない」
井波の言葉は嘘だった。
それが俺には酷く嬉しかった。
井波は、俺の事で不安になってる。
「おっきなとこと契約出来そうだし…ツアーも待ってるし…音楽に集中しなきゃダメなのは分かってる…でもさ…井波が好きだよ」
「だっ!だからっ!そんな事分かってるし、不安になったりしてないっ!」
「ハハ、うん、俺が言いたいだけ。好き。好きだよ。大好きだ」
正面からギュッと抱いて、額にキスをする。井波は俺の胸元に顔を押し付けて呟いた。
「言っただろ…俺の方が…重いんだよ」
「何その殺し文句…鼻血出そう」
「出すな」
「フフ…御意。」
笑い合う。
柔らかな陽射しが差し込む中、微睡み、いつの間にか抱き合ったまま、眠っていた。
井波は不安になってないから言葉なんていらないと言いたかったんだろう。好きだよと言った俺の言葉が、慰めみたいに聞こえたんだろうか。俺はね、沢山欲しいよ。井波が俺を好きだって言ってくれるなら、幾らでも欲しい。
井波の想いの方が重いなんて、俺にはまだ
信じられない。
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