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67 〜宝〜 何が後悔するだ! リアラさん似のスタッフに良い顔しちゃって。 小さなライブハウスは、もう人が一人も入れない程にパンパンだった。 ステージ袖から客席を眺めると、殆どが女子で、異様な熱気が渦巻いている。言うまでもなく如月のファンが大多数を占めていた。 「つづーっ!!」 「綴ーっっ!」 SEが鳴り始めると、叫び声があちこちから上がる。 ベースのネックを胸の前で抱くようにした凪野がブルッと震えながら呟く。 「ぅわぁ…マジで熱狂的なファンってヤツだね。つづちゃん大丈夫かな」 俺は一番後ろで軽いストレッチをしている如月を眺めた。 「ほら、昔、つづちゃんの家の前まで来ちゃうようなファンいたじゃん?あん時も、つづちゃん、ちょっとキツそうだったから」 「…あぁ…でももう大丈夫だ…如月も強くなってる」 俺は凪野にそう返して、ステージに飛び出した。 如月は大丈夫だ。 何かあっても…俺が側に居るから。 ガァーンと頭を殴るような爆音を掻き鳴らしながら、クルクル回る。 楽器隊が全員ステージに上がった辺りで、如月が真ん中に登場だ。 悲鳴 歓声 熱気 気温が一気に上がって、ドンドンと地面が揺れる。 俺はフラメンコみたいに耳元でパンパンと音に合わせて手を叩く。 パンパン パンパンッ! ジャジャーッン! 派手にギターで客席を煽っていたら、急に腰に手が回って、如月の顔面がすぐ側にあった。 一瞬息が止まる。 いつも、頰や額、首筋にする絡みのキスをまさか唇に押し当ててきた。 「きゃーっ!!つづーっ!!」 「井波さぁーんっ!!」 如月はニヤリと片方の口角を引き上げ、ヴァンパイアのように笑う。 後悔させるって絡みの事かよ! いつもと違う接触にギターソロがフワフワする。 クソッ!動揺すんな!俺っ! 幾ら言い聞かせても、次々に絡んでくる如月にドキドキしない筈はなかった。 とにかく顔が良い上に、馬鹿みたいに汗をかいてるくせに、更にペットボトルの水を頭からブンブン被ったりするもんだから、濡れた髪は、彼をより艶っぽく見せた。 何曲かをやり過ごし、やっとMCに入る。 「こんばんはぁ〜NOT-FOUNDでぇ〜っす。」 低く呟く如月の声は黄色い興奮した叫びに掻き消される。 「えぇっと…そう…初めてのツアーって事で…知らない、遠いとこまで来ました」 「つづーっ!!」 「宝ぁーっ!!」 「鮫島さぁーんっ!」 「彩ぁーっ!瞬ーっ!」 声援を受けて、鮫島さんが太鼓を鳴らす。 ドンドンッ!パァーンッ!とバスドラとシンバルが鳴ると、如月が続けた。 「こんなに知って貰えてるなんて…ね、井波」 「え!…ぁ…はい」 「ふふ、はいだって…可愛いでしょ?」 「きゃー!井波くーんっ!!」 次々と俺の名前が叫ばれる。 俺はギターをガシャガシャ鳴らしながら背中を向ける。 客席に背中を向けたまま、如月を睨みつけた。如月はニヤニヤして、スッと息を吸い客席を見つめる。 「じゃ、最後まで…ついて来いよーっっ!!メリーゴーランドッ!」 ミドルテンポのポップバラード。 如月の声が心地良く伸びていく。 客席も、まるで穏やかな風を纏う花々のように優しく揺れる。音が水を降らせるように浴びては、その心を踊らせ、甘い空気を生み出す。 アンコールを貰い、最後はうちで定番曲になったMOONが披露される。 いつの間にこんな有名曲になったんだと言わんばかりの客席からの大合唱。 ♪ 暗闇を抜けるには 君の手を握りたい 暗闇を逃げるには 君の夢知りたい いつまでも一人うずくまり いつか数えた希望を光に さよなら絶望と 歌う僕を 君は笑うかな さよなら光と 泣いた僕を 君は救うかな 夜に一人 ムーン満ち欠け 君と手を繋ぎたい 夜に一人 ムーン満ち欠け 僕を許して ♪ "夜に一人"と如月が唄えば、客席が返事をするように"ムーン満ち欠け"と歌う。 その光景は、ギターを弾きながら、少し涙が滲むような、素敵と呼ぶに相応しい空間だった。
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