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〜宝〜
NOT-FOUND号は行く。
高速をガタガタ、ゴトゴト。
一般道におりてからは、それはそれはクネクネと。
「ゔぅ…」
「舟木ぃ〜、吐くなよー!ヒャヒャヒャ!」
車酔いの舟木がグロッキーな顔で俺を睨んでくる。口元を必死で押さえて、たいそう気分が悪そうだ。
「おいおい!マジで吐くなよ〜っ」
運転手の鮫島さんがバックミラーで視線を投げてくる。
「彩ぁ〜、大丈夫?井波くんがいつまでも寝てるから鮫島さんの運転が荒くなるんだろ!」
舟木の背中を摩りながら凪野が悪態をついてくる。俺は知らん顔で前の座席に足を放り投げた。
「バカ言うなよ!俺はいつも安全運転だ!」
鮫島さんが言い返して凪野が肩を竦める。
如月は舟木に水を手渡している。元ヤンは世話焼きだ。
そんな賑やかな車内から見える景色をぼんやり見つめた。
「幻想の紫やりたい」
「えっ!2日目だよ!セトリ変えるのっ?!」
口に出したつもりはなかったのに、どうやら声になっていたらしい。如月がクククッと噛み締めるように笑っている。凪野はハァーッと脱力してみせた。
気分が悪そうだった舟木がヒョイと手を挙げて、「賛成、あれ好き」とだけ言ってまた口元を押さえた。
鮫島さんは「カオスだ」とげんなりしてハンドルを握り猫背気味に助手席の如月に助けを求めている。
"幻想の紫"はもともと好きな曲だった。
だけど、昨日の事があってから、歌詞が頭を駆け巡り騒がしい。誰にも口にできない想いが、如月の歌詞で暴かれていくような、そんな感覚でいた。
♪
今夜は月を掛ける杭が見つからない
闇が生まれたら奴らが来るから
おうちの扉は開けないで
甘い香りをしまって
息を顰め絡み合う
禁断の遊びを
夢見心地 許し合う
均衡 破ろう 紫漂う
あの静寂 あの静寂 あの静寂
あなたの甘い声堕として
あの快楽 あの快楽 あの快楽
あなたの中 夢堕として
笑わない堕落の天使よ
笑わない俺だけの天使よ
♪
高速を流れるように走るNOT-FOUND号の窓から見る景色は夕暮れ。
薄っすら紫とピンクが混じり合い、群青を広げた部分に薄っすら浮かぶ白い月が、所在なさげにぶら下がりどころを探している。
如月には何が見えているのか、それが俺には時折、痛いくらい伝わるんだ。
後ろから助手席の如月を見ると、ぼんやり窓の向こうに視線を投げたままの彼がいた。
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