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〜宝〜
「…これが…間違いだって…思いたくない」
お互いの欲が果てた後…俺は呟いていた。
如月が愛おしくて愛おしくて仕方なかったんだろう。
好きだ
ただそれだけ。
如月が女なら、俺が女なら…そしたら、誰にも非難されなかったか?何も問題なんてなかったか?音楽は一緒に続けているか?
ギターをかき鳴らす中、時折、宝石の目をした如月と目が合い、身体中の血が湧きたった。
自分達の音楽が少しずつ手元から離れて一人歩きし始めるのを感じる。
どんどん、バンド自体がデカく膨らんでいくのが分かるし、如月はただでさえ一般人と呼ぶには不釣り合いなオーラを持っているのに、ファンなんかが増えた今じゃ、まるで遠い存在みたいに見える事もあった。
「お疲れ様〜」
「お疲れっ!」
「イエーイッ」
パンとハイタッチする音。
楽屋にはけた俺たちはそれぞれに体力を失った身体を休める。凪野と舟木はまだハイタッチなんてしてはしゃいでる。これはもう、若さだな。
俺はグッタリ椅子に掛けて、ペットボトルに入った水をグイと煽った。その視界に、パイプ椅子に座って肩を揺らしながら俯く如月が目に入った。
最後まで、まだまだ体力も声量も持たない問題点は早々簡単に解決するもんではない。
俺は冷えた新しいペットボトルを如月の首後ろに当てた。
「ぅわあっ!」
「ヒャヒャヒャッ!ビビった?」
「…ビビったわ」
ムッと膨れた顔面が呟いた。
「あんまり考えるなよ」
「アハ…何を?」
如月は恍けた返事を返しながら、俺から手渡されたペットボトルの蓋を捻る。
「ボーカルは体が楽器なんだ。俺達みたいに簡単には融通が効かない。そのうち20曲だって歌えるようになるよ」
如月はハッとした顔をしてから、参ったなと呟いた。
「余裕ないんだって……そんな分かっちゃう?」
「…あんなにキャーキャー言われた後にそんな丸まってりゃな…」
如月は俺の言葉を聞き終わると、そっと立ち上がり、耳元で囁いてきた。
「井波にキャーキャー言われたいな」
俺は顔に熱が宿るのを感じた。
「如月っ!」
如月はベッと舌を出して鮫島さんのところへ行ってしまった。
俺は如月が座っていたパイプ椅子に乱暴に腰を下ろした。
顔にタオルを掛けて仰反る。
「はぁ〜…バッカじゃねえの」
くだらないやり取り一つで、如月は俺の中をいっぱいにする。俺にキャーキャー言われて何が嬉しいんだか…そんな事を言われた俺の方が、よっぽど満たされている事を、おまえは知らないんだろう。
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