74人が本棚に入れています
本棚に追加
82
82
〜宝〜
ライブの間中、爆音の中で漂う魚のように、ヒラヒラと衣装が揺れた。
クルクル回転しても、高くジャンプしても、ステップを踏んでも、客席は波打つように揺れて静寂を潰す。
アルペジオの囁きでさえ、会場の熱に溶かされるようだった。
打ち上げはツアーラストという事もあって、それはそれは盛大に行われた。
酒は浴びるように運ばれてくるし、関係者だと言わんばかりの顔をした知らない大人が大勢居て、互いに名刺交換なんかしている。
俺たちに関係ないようで、俺たちに関係している大人たち。
酔いが回る頭で、何だかその様を滑稽に感じながら見ていた。
そこへサワキタさんがやって来て、メンバーに招集をかけた。
「何なにぃ?」
凪野が首を傾げる。
サワキタさんは、隣にいた少し顔の丸い男の背中に手をかけて緩やかに俺達に向けその男を押し出した。
「こちら音楽雑誌、音と声の編集長、市野悟くん。」
「どうも、初めまして市野です」
丸顔で目の細いその男はふくよかな指先に挟んだ名刺を如月に手渡した。
全員が如月に体を寄せて名刺を覗き込む。
「是非、うちで特集を組みたいんだ」
如月はその言葉に名刺から顔を上げた。
「特集…ですか?」
間抜けなオウム返しに市野さんはウンウンと頷いて続けた。
「NOT-FOUNDで。このツアーについてや、結成の経緯だとか…そういうインタビューから始めたいんだけど…」
「おっ!"音と声"に俺たちが載るってことっ?!ねぇ!ヤバくないっ?!」
凪野が一番早く状況を飲み込んだのに違いない。
音楽雑誌の中でも、書店で良く目にする有名雑誌だ。
「ねぇ!つづちゃんっ!井波くんっ!受けるよね!てか、受けますっ!インタビュー受けますっ!」
如月の手から名刺を抜き取り、ペコリとお辞儀する凪野。
俺は如月と目を合わせて苦笑いした。
最初のコメントを投稿しよう!