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85 〜綴〜 インタビューが終わって、打ち上げの喧騒に塗れながら、カウンターで市野さんとだんだん打ち解けていくのが分かる井波の横顔を見ていた。 相変わらず、気を許した相手の前では変な笑い方をする。それを可愛いと思う俺は相当重症なんだろう。 と同時に市野さんと盛り上がる井波に、嫉妬する自分にも嫌気がさしていた。 「つづちゃん、飲んでる?」 後ろから呼びかけられて、ビクッと肩が跳ねる。 「わっ!ビックリさせた?ごめん!」 「凪野…悪い、ちょっとビックリしただけ。飲んでる飲んでる。」 ハハっと作り笑顔をすると、凪野は苦笑いしながら、俺の胸元にバサッと会場アンケートを押し付けてきた。 「まだ今日の見てないでしょ?」 「ぁ…あぁ、サンキュ」 チケットと引き換えに入り口で客に手渡されるアンケート用紙の束を掴む。 「つづちゃん…」 アンケート用紙を一枚一枚ゆっくり捲り始めた俺に、凪野は心配そうに呟いた。 「井波くん、なんとか喋ってるみたいだね。」 「あぁ…」 「市野さん、話しやすそうで良かったよ。引き受けたけど、つづちゃんも井波くんも普段あんまり喋んないから心配だったの。」 「…そりゃ、どーも」 「へへ、後さ、それとか…最近大丈夫?」 それとか…と指さされたアンケート用紙に視線を落とす。 とか…にはファンレターの事も含まれているのがすぐに分かった。 「凪野は本当、周りをよく見てるな…まぁ、今んとこ大丈夫だから。」 「そう?」 「あぁ…あ、舟木が呼んでるぞ」 「じゃ、行くね」 「うん」 凪野が立ち去った後、テーブルの端でウイスキーを飲みながらゆっくりアンケートを見た。 質問は、NOT-FOUNDをどこで知りましたか?という簡単なモノから、好きな曲、ライブで良かった曲、なんかの質問があって、最後にメンバーに一言、ライブの感想という項目がある。 凪野が心配しているのはその最後の項目だ。 他のメンバーへのメッセージは、凪くん可愛い!とか、舟木くんギターかっこよかった!とかだ。井波のファンもかなり熱狂的だとは思う。だけど、俺のファンは更に上を行って、ちょっと異常なほどの熱がこもったものが多かった。まるで、どこかの宗教の教祖様のように崇めるものも有れば、疑似恋愛の加速したモノもあった。 "つづ、大好き。今日も私だけ見てたね。私だけの為に歌ってくれてありがとう" "井波さんと絡みすぎ!私の綴!" "離婚が決まりました。つづの子供だと思って一緒に育てて欲しい。愛してる" "綴がいなきゃ死ぬ" “つづの歌詞の相手は私だって知ってるの" 髪を掻き上げため息を落とす。アンケートは半ばまで来て読む気を失くしてしまった。 熱狂的なファンは有難い。盲目的に全てを受け入れてくれるように見える。だけどそれは、ただのエゴで、独占欲の塊はあまりに重く、俺の心を少しずつ蝕んだ。 最近、頭が痛い。 こういう類いの文字が、頭の中を犯すようにへばりついて、苦しくなる。 わたしだけのモノになって、一緒に死んでくれというフレーズはもう何度見たかしれなかった。 自分が、井波を閉じ込めたい欲求とシンクロする。 その度に、醜く、嫌気がさして、吐き気がした。 あまりにも身勝手な愛。 裏返しは、憎しみでも、赦しでも無く ただ死があるだけだ。 俺はいつもそう感じてる。 壮大な愛と必然的な死。 頭痛がする。 井波… どうしてかな…。
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