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〜宝〜
インタビューが終わり、打ち上げに戻る。
如月が部屋の隅っこの方で、長い足を組み、テーブルに頬杖をついて悩ましげに髪をグシャッと掻き上げる。
何をしていても絵になる。たとえ眉間に険しい皺を寄せていても、怖いくらいに美しい。そうだ。綺麗とも言えるけど、如月は美しいという言葉が良く似合った。
歩みよると、アンケートの束が見える。近頃コイツを悩ませている悪魔の書だ。
隣の椅子に腰を下ろして、如月の顔を覗き込んだ。
「参ってる顔だな」
「…まぁね」
苦笑する如月。
ファンレターやアンケートの悩み相談は如月の中に入り込み過ぎる。
根が優しく真面目な男で、人の感情を深く汲み取ってしまうせいだろう。
「読まなきゃいい」
「…それは酷い」
「そう?」
「何も出来ないけどね…辛い気持ちは…わか」
「分かんないよ」
「…」
「如月には、ソイツの辛さは分かんない」
「…泣きそう」
「ヒャヒャヒャ、人間なんて誰も彼も無力なんだよ。だからお前が悩むのは違うんだって。」
如月はジッと俺を見つめてから目を伏せた。
「最近、頭が痛いんだ。こういう声が、自分とは別のところでずっと喋ってる。頭の中っていうのかな…念?みたいなのが…強い欲求で入ってくる。首を絞められてるみたいに、息が苦しくなる時がある。」
辛そうに語った後、如月はテーブルに突っ伏して上目遣いに俺を見た。
「井波は祈祷師みたいだな」
如月がクスクス笑うから、俺は満足だった。
「祓い尽くしてやる。だから、もういいよ」
アンケートの束を如月の前から遠ざけた。
如月が宝石のような目を向けて口パクで呟いて見せる。
“好きだよ"
俺はフイと視線を逸らす。
座っていた如月が立ち上がり、俺の肩に軽く触れて、打ち上げの盛り上がりの中に消えて行く。
責任感が強い如月は、今日がツアーラストだから、それなりに付き合いをしないといけないと思ってる。
置いて行かれた俺は、頬杖をついて呟いた。
「そんなだから、病んじゃうんだろ…バーカ」
そこから数時間後、俺はすっかり泥酔していた。
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