86

1/1
前へ
/89ページ
次へ

86

86 〜宝〜 インタビューが終わり、打ち上げに戻る。 如月が部屋の隅っこの方で、長い足を組み、テーブルに頬杖をついて悩ましげに髪をグシャッと掻き上げる。 何をしていても絵になる。たとえ眉間に険しい皺を寄せていても、怖いくらいに美しい。そうだ。綺麗とも言えるけど、如月は美しいという言葉が良く似合った。 歩みよると、アンケートの束が見える。近頃コイツを悩ませている悪魔の書だ。 隣の椅子に腰を下ろして、如月の顔を覗き込んだ。 「参ってる顔だな」 「…まぁね」 苦笑する如月。 ファンレターやアンケートの悩み相談は如月の中に入り込み過ぎる。 根が優しく真面目な男で、人の感情を深く汲み取ってしまうせいだろう。 「読まなきゃいい」 「…それは酷い」 「そう?」 「何も出来ないけどね…辛い気持ちは…わか」 「分かんないよ」 「…」 「如月には、ソイツの辛さは分かんない」 「…泣きそう」 「ヒャヒャヒャ、人間なんて誰も彼も無力なんだよ。だからお前が悩むのは違うんだって。」 如月はジッと俺を見つめてから目を伏せた。 「最近、頭が痛いんだ。こういう声が、自分とは別のところでずっと喋ってる。頭の中っていうのかな…念?みたいなのが…強い欲求で入ってくる。首を絞められてるみたいに、息が苦しくなる時がある。」 辛そうに語った後、如月はテーブルに突っ伏して上目遣いに俺を見た。 「井波は祈祷師みたいだな」 如月がクスクス笑うから、俺は満足だった。 「祓い尽くしてやる。だから、もういいよ」 アンケートの束を如月の前から遠ざけた。 如月が宝石のような目を向けて口パクで呟いて見せる。 “好きだよ" 俺はフイと視線を逸らす。 座っていた如月が立ち上がり、俺の肩に軽く触れて、打ち上げの盛り上がりの中に消えて行く。 責任感が強い如月は、今日がツアーラストだから、それなりに付き合いをしないといけないと思ってる。 置いて行かれた俺は、頬杖をついて呟いた。 「そんなだから、病んじゃうんだろ…バーカ」 そこから数時間後、俺はすっかり泥酔していた。
/89ページ

最初のコメントを投稿しよう!

75人が本棚に入れています
本棚に追加