0人が本棚に入れています
本棚に追加
今、欲しいもの
珍しく、雨じゃない休みの日。
気温もまずまずで、『お散歩しよう』と誘ってきた彼女さんと町を一周した。
せっかくだからと立ち寄って、ケーキ屋さんでお互い1つずつ好きなケーキを買いながら。
普段の自炊は、だいたいカレー皿1枚と箸、プラコップで事足らせている。週に1度以下しか出番がないお皿とフォーク、マグカップをテーブルに並べると、僕より器用な彼女さんが、箱からそのままの形のケーキを取り出してお皿に乗せてくれる。
スペシャルいちごショートケーキを差し出しながら、僕が冷蔵庫から取り出した物を見て、彼女さんは顔をしかめた。
「いちごなの、りんごなの」
文末にハテナなんてついてない。ドン引きしているような声。
「この間公園でお昼にした時も、おにぎりとトマトジュースとか、目を疑う組み合わせで食べてたよね」
僕はその声にお構いなしに、良く冷えたお気に入りのりんごジュースを注ぎながら返した。
「なんか、トマトが欲しかったんだよね~。あの時は」
彼女さんは、自分のバッグからカフェインレスのコーヒースティックを取り出していた。
『あんな苦いものよく飲めるよな…。それもブラックで』と思う僕の家には、もちろんコーヒーなんてない。逆に、一般的な、いわゆるデートの時の女性が持ってくるバッグより、3倍以上大きな彼女さんのカバンからは、たいがい何でも出てくる。
その、公園で日向ぼっこランチをした日には、小さなレジャーシートまで出てきて驚いた。
彼女さんにとっては、『ただのリスク管理』だそうだ。
「…ってか、ティラミスにコーヒーって、味一緒じゃない?」
「私は冒険したくないの。それより、コーヒーにもティラミスにも失礼だから、その発言」
冷ややかにそう言われて、彼女さんは、公園でも玄米おにぎりと玄米茶の組み合わせだったことを思い出した。あれもこれも全部、リスク管理、なんだろうか。
「あ、でも」
はたと気づいたように僕へ目を向けた彼女さんが、唐突に小さく微笑んだ。
「今の瞬間何が欲しいのか、ちゃんと判るようになったね」
「食べたい物くらい、僕だって…!」
反論しかけて記憶を遡るけれど、この1週間、自分が何を選んで何を食べたのか、ひとつも思い出せなかった。
確か、先輩に誘われて居酒屋へ行った…後輩とファミレスにも行った…勉強会の日はたくさん差し入れをもらったし…コンビニで調達した日もあった…でも、その時僕は何を選んで何を食べたんだっけ?
「まあ、口の中フルーツバスケットでもいいんじゃない?…欲しかったんでしょ、いちごもりんごもトマトも」
コーヒーで温まるカップを両手で包むようにして、揺れる液面に目を落としながら彼女さんはゆっくり言う。
「…うん」
今確かに判ること。
今欲しいもの。
それは、ふたりでいるこの時間。
最初のコメントを投稿しよう!