彩光3-⑵

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彩光3-⑵

「飛田さん、酒蔵に行く前に、八幡様に寄って行きましょう」  手に何やら大きめの荷物を下げて船を降りた天馬は、流介を呼び止め強い口調で言った。 「いいけど……ひょっとしてその荷物と関係があるのかい?」 「ええ。大ありです」  若松町のあたりから馬車でも調達するのかと思いきや、天馬は「いい天気ですねえ」と呑気な事を言いつつ八幡までの道のりをてくてくと歩き始めた。  八幡の石段を上り鳥居を潜ると、屋台の消えた境内で小さな人影が流介たちを出迎えた。 「お待ちしてました、 記者さん天馬さん」  現れたのは郷田七兵衛の次女、桃音(とね)だった。 「桃音さん、必要な「道具」は用意していただけましたか」 「はい。言われた通りに持ってきました」 「それでは僕はちょっと着替えをしてきますので少々、お待ちください」 「着替えだって?」  思いがけない言葉に流介が面喰っていると、天馬は手水場の陰で何やら着替えを始めた。 「天馬君、いったい何なんだいその格好は」  着替えを終えて姿を現した天馬を見た瞬間、流介は大声を上げていた。天馬は頭襟(ときん)錫杖(しゃくじょう)、袈裟に篠懸(すずかけ)という山伏のいでたちをし、片方の手には大きな羽根団扇を携えていたのだった。 「烏天狗は役の小角のような行者――つまり山伏が元になっていると考えられるのです」 「烏天狗だって?」 「はい。これをこうつけるとほら、もう烏天狗にしか見えないでしょう?」  天馬は作りものの嘴を顔に着けると、楽し気に目を細めた。 「うわっ、何だいこの大きな台は」  それは一言で言うと、階段の一部を通常の数倍にした物体だった。 「烏天狗が立つ台ですよ」 「烏天狗が?」 「これだけではわからないでしょうから、もう一つ道具を持ってきます」  天馬はそう言うと木に立てかけてあった板状の物体を、流介の前に掲げて見せた。 「これは……鏡か?」 「その通りです。目的にあった大きさの鏡を手に入れるのは、大変だったでしょうね」  天馬は縦が一尺強、横が二尺ほどの鏡を拝殿前の階段にはめ込むと、「これでよし」と言った。
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