「雪潜」

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 「えっ?うそっ?…わあぁぁぁっ!」 普段、体を動かす事のない、文科系サークル所属の自身が雪山でスノボーと言う“軽スポサークル”の気分を味わってみたいと思ったのが、不幸の始まり… “J”の学生時代の体験である。 ゼミ仲間に誘われ、銀色の路面を駆けるスキーヤー達を見た時は、気分が良かった。 しかし、両足をボードで固定され、滑り出した瞬間、自由の効かない状態で急斜面を駆け下りる事に恐怖を感じた。ボードを水平にすれば、止まる事はどうにか覚えたが、 片足ずつ板をつけるスキーと違い、両足を一本に装着する行為に不安が先行し、どうにも、上手く操れない。結果として、リフトで上がる、滑る。転倒、雪に埋まる…を繰り返していた。 仲間達は、上手にボードを操作し、ゼミの女の子達と楽しそうに雪を謳歌している。本来なら、あそこに自分もいた筈だ。いや、いたかった。 (やっぱり、オタクは炬燵でノンビリしてた方が良かったな。今夜の飲みだって、もうそれぞれペアは決まってそうだし…つくづく自分はついていない) 毎年、この時期はCM、駅の掲示、学内でも、皆、スキー、スノボーの話で持ち切りだ。一度でいいから、学生っぽい青春を味わってみたかった。 「〇〇、雪のせいだ」 とか何とか、毎年、上手い事をのたまうスポーツ系の爽やかな女性達との出会い、書籍や映像でしか見た事のない世界への憧れは…恐らく徒労で終わりそうだ。 「ま、これも、サークルの奴等への、良い土産話になるかな?」 プラス思考に切り替え、リフトで頂上に向かう。仲間達に合流するのは無理だが、せめて、もう少しの上達を目指そう。 そんな思いで雪原に再び、飛び出した。まだ、棺桶に両足を突っ込んでいる気分は抜けないが、一度も転ばずに下まで着くのが、目下の目標… ボードの向きを調整しながら進む。先程よりは上手く滑れていると思ったのが、間違いだった。 急な振動と一緒に下半、ボード全体が操られたように、斜面横へ向かわされ、そのまま危険防止柵と乱立する木々の間に出来た雪の窪地、蟻地獄のような場所へボードごと突っ込む。 慌てて、動くが、もがけば、もがくほど、アツい雪の層にズブズブと全身が沈んでいく。 (だ、誰かぁっ) 叫び声を上げようと思ったが、木々が邪魔で、人が気づく前に沈んでしまいそうだ。そもそも、コースから外れた柵近く…滑る者などいない。やはり、文科系が慣れない事をするもので… (本当にそうか?) ここに突っ込む前に何かを見た気がした。下手くそなりに足元を注意して滑った際、溝のように続くシュプールを… あれに引っかかり、自分はここに…?そう考えるJの目元、すぐ横の雪が不意に持ち上がった。雪の中には藁が敷き詰められ、ハンターが隠れる偽装した猟場のような空間に、雪焼けした真っ黒い顔と血走った目を視た時、 Jは外したボードを投げ込み、そのまま、下山する。 仲間達を待たず、夕方のバスで帰路した彼の耳には、雪の中に隠れた者の低い声がしばらくこびりついて離れなかったと言う。 「なんだ、男か…」 どうやら、書籍や映像だけでしか見た事ない世界への憧れは、自分だけではなかったようだ…(終)
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