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現金の受け渡しは、あっけなく終わった。
三千万円が入った紙袋を、レストランのテーブルに置いただけだ。
桜志郎は紙袋の中をチラリと見て、自分の鞄に入れた。
現金を出して数えたりしない。大きさと重さでだいたい判る。
「じゃあ、何か食べていって下さい」
テーブルに千円札を1枚置いて、桜志郎は席を立った。
「あ、あの……」
「大丈夫。この件は終わりました。誰にも何も言いません」
ニヤリと笑った桜志郎は、今まで見たことのない下衆な表情だった。
(これが、この人の本性なんだ)
やっと気付いたが、遅すぎた。
香帆はファミリー・レストランで何も食べなかった。
スタッフに謝って、レジ前の『募金箱』に桜志郎の千円札を入れた。
そして家に帰って・・・・・・、泣いた。
夫を殺す計画を立てたけど、直前で止めた。
でも、間違って殺してしまった。
口止め料として、保険金を全額取られた。
あのお金は、颯真の[愛情の証]だったのに……。
殺そうとした軽率さ、殺してしまった愚かさ。
暗闇のまま数日が過ぎた。
〈忌引き〉と〈有給〉で20日間の休暇を申請したが、残すは3日だ。
4日後は出勤なのに、心の整理ができない。
こんな状態で働けるのか?
後悔して、後悔して、泣き続けた香帆だが、フト気付いた。
(そうよ、元はといえば……、颯真が浮気したからじゃない!!)
颯真が浮気をしたから、地獄の苦しみが始まった。
『保険金殺人』なんて誘惑に乗ってしまった。
(私も悪かったけど、悪かったけど、)
香帆は思いっきり叫んだ。
「颯真が悪いんだからねっっっ!!」
「なんで俺が悪いんや!」
「えっ!!!」
颯真がリビングのソファに座っている。
カフェで倒れたときと同じ服を着ていた。
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