4人が本棚に入れています
本棚に追加
/44ページ
桜志郎は21歳で大学を中退した。
経済的にも健康的にも問題なかったが、遊び癖がついて単位を落としたからだ。
両親は留年を勧めたが、大学に未練はなかった。
スティーブ・ジョブズもビル・ゲイツも大学を中退している。
日本の有名実業家にも、大学中退者はいる。
「俺もデカイことをやってやるぜ!」
と思っていたとき、遊び仲間からホストに誘われた。
「売上が無くても『最低保障給』があるから安心だよ」
「オマエは女にモテるから大丈夫だって」
いま思えば、彼は店から『紹介料』を貰っていたようだ。
桜志郎も「女の相手をするだけ」と思って、バイト感覚で入店した。
だが新人は雑用に追われる。開店前の準備や、閉店後の片付けも担当だ。
ルールやマナー、シャンパン・コールの練習など、覚えることも多かった。
しばらく経つと、いろんなモノが見えてきた。
18歳で入店して、酒も飲まずに売れてるホストがいる。
億の金を稼ぎ出す、凄腕のカリスマがいる。
桜志郎にも欲が出てきた。バイトでも売れた方がいい。
大事なのは個性だ。
〈犬系〉〈猫系〉〈プリンス系〉〈アイドル系〉〈芸人系〉〈恋人系〉〈友達系〉〈S系〉〈ドS系〉
ホストは個性を〈系統〉でアピールする。女性客に『ハマる』ことが大切だ。
(今までに無かった個性を作りたい……)
桜志郎は試行錯誤したが、そう簡単に「新しいモノ」は生み出せない。
結局〈爽やかアイドル系〉を続けた。
ホストクラブには『序列』がある。
店によって違うが、桜志郎の店では10種の役職があった。
平ホストの次が、リーダー。
その上に、ホスト長→幹部補佐→副主任→主任→支配人→店長→代表→社長と続き、一番上が、経営者であるオーナーだ。
桜志郎は1年経ってもバイト感覚で、出世欲は無かった。
(ホストは仮の姿。必ずデカイことをやってやる)と思っていた。
それにバイトでも(人気も売上もあるし)と高を括っていたら、とんでもない新人が入店して、初日から桁違いの売上を上げた。
(こんなヤツがいるのか)
桜志郎は新人に敵わなかった。
桜志郎の客が〈5段三角形のシャンパンタワー〉を積んだら、
新人の客は〈6段四角形のシャンパンタワー〉を積み上げる。
桜志郎が[その上]をいけば、新人は[上の上]をいく。
どうしても勝てない。
(あ、俺、才能ないわ)
ホストを辞めようと思ったが、いつのまにかホスト業界が好きになっていた。
(なら、オーナーになればいい)
元々、経営者志望だった。ピラミッドの頂点に立ちたい。
この日から桜志郎は『経営者の視点』で店を見始めた。
店もホストもサービスも「俺がオーナーなら」と思って観察した。
入店して3年が経ち、桜志郎は24歳になった。
ホストクラブのオーナーになりたい。だが、途方もない金が必要だ。
旦那に浮気された主婦から騙し取った三千万円では、焼け石に水だ。
だが、千載一遇のチャンスが巡ってきた。
桜志郎には、目を付けていた『物件』があった。
有名シェフ監修のレストランだったが、オーナーの引退で閉店した店舗だ。
場所も広さも申し分ないが、敷金などの準備金や、改装費用が高額だ。
店の内装は豪華に、備品は高級品を揃えたい。人材もハイレベルを雇いたい。
(金は、いくらでも必要)
千代と結婚したら、資金は湯水のように使える。
この勝負は必ず勝てる!
桜志郎は確信している。
最初のコメントを投稿しよう!