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「ねえ璃央。この12年という間、私たちのまわりではたくさんの人が死んだわ」
「そう、だね。だから解決しないといけない」
璃央の異常さは多分璃央の両親も知っていた。そして死から逃れるためには近くにいるときは璃央の視界の中に常に入っていることが重要だ。だから璃央から少しの時間、自主的に離れるという行為はきっと、この死にまみれた日常に疲れ切ったからだと思う。
「沙雪ちゃんごめんね」
璃央の母にそんなふうに謝られた。
「それは引き取ったことについて?」
「ごめん、あのときはわからなかったんだ」
それが璃央の両親から聞いた最後の言葉だ。璃央の両親が死ぬ前、そう言って私を抱きしめた。
璃央の周りで殺人事件が起こることを? それを口に出すことはできなかった。璃央の両親は私をとてもかわいがってくれて、つねに璃央と一緒にいられるようにしてくれた。
けれども璃央にとっては死はあまりに身近過ぎた。死はもともと璃央の近くで起こっていて、きっと璃央には死の方が日常になってしまっていたのだろう。思えば璃央は両親の死にも冷淡だった。たくさんの死の中に紛れてしまった。私もきっとそうだった。人というのは死ぬものだと思っていた。その意味はおそらく、普通の人と既にだいぶん異なっている。
だからきっと私が死んでも璃央はすぐに忘れてしまうだろう。いや、そんなことは死んだ場合の仮定で、今考えても仕方がない。
私が小さくついたため息は、璃央には聞こえなかっただろう。
誰が犯人とか考えても無駄だ。
犯人など、璃央がいれば雲霞のごとく次々と現れて死体を量産していく。たしかにそれぞれの事件にそれぞれの動機や複雑な怨恨やら人的関係があったのだろう。けれどもそれはその物語の関係者たちの視点の話で、私から見ると呪いのようにそいつらを連れてくる璃央こそが死の中心だ。
ようやく人は死なないことが普通なのだと、思い出した。
空を見上げると、雪が再び降り出した。
この雪は死体を隠す。私の妹も、私があの時死体に驚いて崩した雪だるまの中から見つかった。あの時私が崩さなかったら、きっと雪が溶けるまで見つからなかっただろう。
「璃央、人っていうのは死ぬものよね」
「それは、そうだろう?」
この言葉の意味合いは、普通の人に尋ねる意味合いとは全く逆だろう。
現に今回も10人弱の人間が死んでいる。けれどもそれは決して普通じゃない。でもそんな世界を普通に戻す唯一の方法。
「璃央、今回も散々なことになっちゃったけどさ、私、どうしてもしたかったことがあるの」
「したかったこと?」
私はそっと璃央を抱きしめた。私をかわいがってくれた璃央の両親はもう死んでしまった。璃央の身寄りといえるものは私しかいない。
「ちょっと沙雪、ぐ」
璃央のくぐもった声は雪に吸収された消えたはずだ。そして私は台所から持ち出していた包丁を璃央の体から引き抜いた。
「璃央、ごめん、私も疲れちゃったんだ」
私は今回の旅行でこそ、この中途半端な関係を精算したかった。もう人が死ぬのなんて見たくなかった。だから最後に自分で人を殺すことにした。それがこの、12年前に全てを失った場所だったなんて。
馬鹿げてる。本当に馬鹿げている。何もかもとても馬鹿げた言い分だ。けれどもようやく、これで運命から逃れられるのだろうか。いつしか流れていた涙に降り出した雪が振れ、頬に冷たさが残る。
私は悲しかった。
最初から、殺人事件が起こればそれに紛れて璃央を殺そうと思っていた。私を育ててくれた恩のある璃央の両親が死んでしまった以上、私はこれ以上死にまみれた世界を我慢する必要はない。そしてそのままなら璃央の死に、きっと何の感慨も抱かなかっただろう。それどころか安堵すら覚えたかも知れない。12年前を思い出すまで、私の意識は私の両親のことも妹のことも、すっかり思い出の奥底に沈めてしまっていたんだから。
けれども私は家族というものが特別であることを思い出してしまった。だから璃央もとても大切な友達で、8歳の頃は好きだったことも。嗚呼。どうして私は今泣いているんだろう。
すっかり忘れてしまっていたのに。
けれどもまた、全てを思い出にして雪の中に閉じ込めよう。
私は12年前のあの雪の日、当時は8歳で事件のことを警察にうまく説明ができなかった。けれどもあの事件がどういう機序を辿ったのかは言葉にできなかっただけで認識している。そのうちのいくつかの死体が春先まで見つからず、どうして迷宮入りしたかの理由も知っている。だから私は捕まることはないだろう。でも失敗しても構わない。
だからこの死体を隠したら、私はすっぱり死が溢れた推理漫画みたいな世界から足を洗う。捕まった犯人は生き残れるんだから。
Fin
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