犯人がこの中にいるかどうかはどうでもいい

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 最も大事なことは、これがあの12年前の雪の日と同じ状況だということだ。  フラッシュバックというのか、これまで頭の底に封じ込めていた記憶が次々とと泡立つように浮かび上がる。私たちが小学生の時、私の家族と璃央の家族はそれぞれにこのコテージ村のコテージを借りた。あの時もクリスマスだ。みんな幸せに満ち溢れていた。夜半からちらちらと降り出した雪が窓の外を白く染め始め、璃央の家族のコテージで一緒にクリスマスプレゼントを開けようとしたときに最初の悲鳴が上がり、飛び出した璃央を追いかけた。  あの殺人事件も複雑な経過を辿った。たくさんの悲鳴が上がった。雪によって足跡がわからなくなり、雪が吸収することによって音は聞こえにくくなっていた。そして一番大きなコテージでリビングから離れて死体となったのは私の両親だった。  嗚呼! 心の奥底にしまい込んでいた痛みが心臓を切り裂くように体中に響き渡る。思えばあの時だ。あの時から璃央の周りで殺人事件ばかり起こるようになった。そして唯一私の家族で生き残った私は、璃央の家族の養子となり引き取られた。  その璃央の両親も、つい先々週不可解な事故に巻き込まれて死んだ。ため息が出た。 「璃央、犯人とか、やめよう」  最後の望みをかけてそう呟いた。璃央を止めればこの狂った現象から逃れられるかもしれないと思ったからだ。一縷の望みだ。 「でも、沙雪(さゆき)、このままじゃ犯人が逃げてしまう」 「よく考えて、さっきも見たでしょう? ここに来るまでの唯一の道は丸太で倒れて塞がれていたこと。だから逃げるなんてできないの。犯人はきっとどこかのコテージに逃げ込んでる」  そうじゃなきゃ、この中にいる。その言葉は私は隠した。  ああ、本当に推理漫画のテンプレートみたいなことを口走っている。事実は小説より奇なりというけれど、事実のほうがよほど辻褄が合わないことが多い。  そういえばあのときも、小学生のときも璃央はこんな探偵じみたことを口走っていた。けれども小学生の言うことと大学生の言う事じゃあ重みが全然違うし……でもいつも、こうだったな。  懐かしさ、恐怖、怒り、悲しみ、これまで忘れていたそんな制御できない様々な感情が去来する。  あの時はどうだったんだろう。  私はこのあと、何が起こるか知っている。あのときと同じならば、今回の殺人事件はこれで終わりだ。  夜も更け、私たち以外の2人、おじさん夫婦は疲れていつしか眠りについた。私は璃央を連れて外に出る。璃央は素直についてくる。私は犯人じゃない。私はつねに璃央の視界の中にいた。だから璃央の頭の中の殺人犯は、あの二人だ。他に殺人犯がいる可能性があるから、あの場で断定はしなかったんだろうけど。  あの雪の日、生き残ったのは璃央と璃央の両親と私だけ。だからきっと、リビングに残したあのおじさんとその奥さんは生き残る。そうしなければきっと、璃央と私のアリバイがなくなって璃央が犯人になりかねないから。  我ながらおかしな事を考えているものだ。自嘲的に口角があがる。  冷静に考えればそんな可能性なんてまるでわからない。本当は別にいる殺人犯があの二人を殺すかもしれない。けれども璃央の周りはいつも現実的じゃない。わけのわからないルールが優先される。だから思わず呟いた。 「璃央。あの二人はきっと犯人じゃない」 「じゃあ誰が犯人だっていうのさ!」 「そんなのわかんないよ。他のコテージに犯人が潜んでいるかもしれないって璃央も思ってるんでしょ? それよりさ、12年前の事を覚えてる?」 「12年前……?」  璃央は不可解そうに眉を顰めた。 「そう。12年前のクリスマス。私たちは家族でここに来た」 「そう……だっけ」  やっぱり璃央は思い出せないか。  その時、私の家族はみんな死んだ。けれどもその後、璃央の周りでは殺人事件が起きすぎて、きっともはやどれのことだかわからないだろう。それは璃央と一緒にいた私も同じこと、あの雪だるまを崩した時、私もやっと気がついた。  12年前、あの雪だるまの中には私の妹が氷漬けになって入っていた。けれども今日はいなかった。だからあの雪だるまの中に死体が入っていなくて驚いたんだ。誰かが死んでいると思ったのに死んでいない。その差異がもたらした強烈な違和感は、私に家族の死という特別さを思い起こさせた。  そう、私にとっても既に死は特別なものではなかった。死に対する感情というものがすっかり擦り切れていた。
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