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深く降り積もった雪を、守はかじかんだ手でかき分けていた。
交通網が麻痺するほどの大雪が、都心を襲った。数日前から注意喚起をされるほどの雪だ。もちろん家から出るつもりなんてさらさらなかった。
予定が変わったのは、ひそかに思いを寄せているクラスメイト、あかりからの電話のせいだった。
『あ、守くん…………、おはよう……』
「おはよう。どうしたの、電話してくるのなんて初めてじゃない?」
『…………実はね、お願いがあるんだ』
大切なものを、落としてしまったのだ、と彼女は言った。肌身離さず持っていた、お守りなのだと。
彼女は明日、本命の大学の受験を控えていた。推薦で大学行きの切符を手に入れた守とは違い、一生懸命寝る間も惜しんで勉強して、ようやく明日、その成果を発揮するときだというのに。
彼女に言わせれば、推薦で入れることの方がすごいことらしい。一年生の頃からしっかり頑張っていた結果だもん、偉いよねと言われて、少しだけ嬉しくなる。
確かにあかりは三年生になるまで真面目ではなかった。授業は大体睡眠の時間。部活に励むわけでもなく、アルバイトをひたすらこなしていたように思う。
それでもあかりは、三年生になって変わった。いつ見ても勉強していたし、暇があれば守に問題を出してほしいと頼んできたくらいだ。
そんな彼女の努力を知っているからこそ、お守りをなくしてしまったという彼女のために、守は家を飛び出した。
雪の積もった学校は知らない場所みたいだった。真っ白な雪原に、ベージュのダッフルコートを着たあかりが座り込んでいる。
「ばか。風邪引くぞ」
「だって……お守り…………」
頭をぽんと叩くと、彼女が顔を上げる。涙に濡れた瞳に、守の胸の奥がぎゅっと締め付けられるような気がした。
「あったかいの買ってきたから、とりあえず一回休んで。俺が探すから」
「うん…………」
ホットココアを受け取った小さな手は、真っ赤に染まっていた。
もっと早く助けを求めてくれればよかったのに。むしろ、俺一人でも探すのに。明日受験本番なのに、風邪を引いたらどうするんだよ。
そんなことを思いながら、生徒玄関から校門までの道筋を辿っていく。たぶんこのどこかだと思うんだけど、とあかりが言うので、深く積もった雪をかき分けていく。
あっという間に手は冷え切ってしまった。
それでも守は諦めなかった。あかりも少し休んだあとは一緒に探し始める。やめとけよ、と言っても、泣きそうな顔をした彼女は首を縦に振らない。
一時間ほどそうしていただろうか。すっかり身体が冷えて、感覚がなくなっていたが、指先に雪とは違う何かが触れた。
周りの雪をどかしてみると、そこには赤い布に白い字で学業守と書かれた小さなものがあった。
「あかり! あった! これだろ!?」
「あーっ!! あったぁ、よかったぁ」
ありがとうと泣きながら受け取ったあかりは、あろうことかお守りの中を開けて確認しようとする。
「おいおい、お守りって開けたらいけないんじゃないの」
「いいの。この中に本物のお守りを入れてたの」
赤い布袋から取り出した、小さく折り畳まれた白い紙。
手渡されたそれを何気なく開くと、そこには。
『あかりと同じ大学だったら楽しそうだけど』
汚い文字だった。でもその文字には見覚えがあった。それは紛れもなく、守の字で。
書いたのは、授業中、暇だというあかりに付き合ってメモのやりとりをしていたときだ。
お守りってそれかよ、と守が呆れて笑う。
あかりも泣き笑いの表情で、「これがあれば合格できそうでしょ」と答えた。
確かにそれがあれば合格できそうだ。
風邪引く前に帰るぞ、と手を繋いで。その指先は寒すぎて感覚がなかったけれど、なぜだかあたたかい気がした。
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