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「雪の降る日に桜の木の周りを3回回って、最後に木に口付けをすると雪の神様がなんでも願いを1つ叶えてくれる」
吐く息が白くなり始めると毎年そんな噂が凛花の学校ではまことしやかに囁かれ始める。
「光莉ちゃんなら何お願いする?」
「えぇなんだろう、コスメ沢山欲しいとかかな!やっぱりいつもお小遣いじゃちょっとしか買えないからさ」
「なんか大人っぽいなぁ、光莉ちゃんらしいー」
「そういう玲美ちゃんは?」
「うち!?うちはもちろん足がめちゃめちゃ速くなりますようにだよ!」
「そりゃそうに決まってるか、玲美ちゃんリレーの選手にも選ばれたもんね」
「凛花ちゃんは?凛花ちゃんなら何お願いする?」
3年生教室の窓からとめどなく降り続ける雪を無心で眺めていた凛花は2人の問いかけでびっくりしたように現実に戻ってきた。
「えっ!う〜んすごく悩むけど1個しか叶わないんだもんね」
「そうだよ欲張りはダメ!」
凛花の頭にあるひとつの願いが思い浮かぶ。ここ最近凛花はその願いのことばかり考えていた。でもこの願いは凛花だけの秘密にしておかなければならない。誰にも言えない内緒の願いだ。
「お腹いっぱいになるくらいショートケーキたくさん食べたい!三千個ぐらい!!」
「ええ!?!?そんなの食べきれないよきっと!!」
「そうだよ凛花ちゃん!いくらなんでも無理だよ!」
光莉と玲美はおかしくてたまらないというように笑っている。凛花も同じように笑いながらずっと心の底では消えない願いを思い浮かべていた。ショートケーキよりももっともっと凛花を誘ってやまない、甘い願い。
はぁ、はぁ、はぁ、はぁ
冷えきった澄んだ空気に凛花の息だけが取り残される。凛花は今、町の小高い丘に一人で登っていた。雪はかなり大粒で、まるで空から雲が剥がれて落ちてきているようだった。空から降ってくる時はふわふわなのに、地面に着々と積もっていくとずっしりと重い。その冷たい重みが凛花の行く手を阻んでいた。雪が降ると斜面が危険なのでこの丘は誰も訪れなくなる。そのせいで誰も通らず雪に覆われてとっくに輪郭が見えなくなっている道を凛花は一人で開拓してゆく。必死に一歩ずつ足跡をつけて進んでゆくと、視界が一気に開けた。
「わぁ」
思わず凛花は声を上げる。一面に広がる白、白、白。
夏には沢山の子供たちが遊ぶ広場になるそこは、まだ何も描かれていない画用紙のようにまっさらに白かった。
あちらの雪の白にこちらの雪の白が反射する。新たに降ってきた雪も積もった雪に反射する。溢れるほどの雪が溢れるほどに白い輝きを生み出していた。
そんな白い世界の真ん中に一本、桜の木が立っている。
凛花は真っ直ぐにその木に向かって進んだ。
そのうちたどり着いて凛花は手袋を外し、おもむろに幹に手を触れる。桜の幹はひんやりとしていた。
凛花の学校には大きな桜の木が1本ある。にも関わらず登るのが大変なこの丘の桜の木まで来たのは、誰にも見つかりたくなかったからだ。友達にも先生にも誰にもバレたくない、凛花だけの秘密の願い。
凛花はぎゅっと水色のランドセルの肩にかかる部分を握り短く息を吐いた。そしてゆっくり桜の木の周りを回る。
1周、2周、3周
回り始めた場所に戻ると凛花は桜の木を見上げる。
舞い落ちる雪が次々に凛花の顔を濡らす。
叶えてください、雪の神様。
「 」
そしてそっと唇を桜の木に寄せた。
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