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切り落とされた長い髪の毛を集めて店の隅のゴミ箱に入れた。先ほどの客は、長いストレートの黒髪をバッサリと切って、別人のようになって帰っていった。
「婚約中の彼に浮気さてれ、彼が好きだったこの長い髪、切りたいんです。バッサリ切ってください」
女はそれだけ言ってあとはずっと黙っていた。雑誌をペラペラとめくるだけめくってあとはじっと鏡を見ていた。
「ありがとうございました」
「気持ちが軽くなったわ。ありがとう」
今日最後の客を見送ってドアを閉めた。
「寒い、今日雪でも降りそうなくらい冷えてるよ」
肩をすくめて店に戻ってきた椎名にアシスタントの金城が耳打ちしてきた。
「本当に、いるんですね」
「ん?」
「失恋して髪切るって、初めて見ました」
「ああ」
「そういえば、真斗さん、今年のクリスマスどうすんですか?」
「仕事」
「そのあとは?」
「ないよ」
「ええー。こんなかっこいいのになんで彼女つくんないんですか。もう、世の中の女はどうして真斗さんに気づかないのかなあ」
「一人の方が気が楽だし」
「一人でチキン食べて、おひとり様のケーキ食べて、自分で買ってきたプレゼント開けて喜んでるとか」
金城は声だけでなく、ジャスチャーも大きい。それがいいって客もいるので、誰も咎めない。
「金城さん喋ってばかりいないで、掃除して」
掃除機を渡されて金城の声がようやく聞こえなくなった。
コンコン
ドアの方を向くと、人影が見えた。
「誰だろ」
アシスタントの高木が「俺、見てきます」と動いてくれた。
高木はフットワークがいい。小柄で、いい声をしていて、気がきくやつだ。
「椎名さん、いいですか」
真斗に話がしたいと言って昼間の客が来ているという。
「わかった」
真斗がドアを開けると、昼間ボブにした女が立っていた。三年前からこの美容室に通っていて、いつも真斗を指名してくれる常連の一人だ。
「こんばんは。先ほどはありがとうございました」
女はペコリと頭を下げた。
「久保田さん、どうしましたか? 直したいとことろでもありましたか」
「いえ、この髪型、気に入りました」
にこにことしながら、うつむいた。ビジューのついたグレーのショートブーツが女をいつもより大人びて見せていた。
「あの、お仕事終わってから、お時間ありますか?」
ドアの横にあるクリスマスツリーのライトに照らされて女の色白の頬を赤や黄色、青に染める。
「少しなら。あと三十分くらいかかるけど、それでよければ」
「いいんです。待ってます。椎名さんとお話ししたくて」女はまっすぐ椎名の目を見てきた。
「踏切の手前のカフェ入って待ってます。ご迷惑でしたら日を改めます」
「あ、いや。じゃあ、終わったら行きますね」
「ありがとうございます」女はにっこりして頭を下げた。
息が白くなる夜だった。
「お疲れさまでした」
店内の電気を消して、真斗が鍵を閉めた。
そのまま女の待つカフェに向かった。
女は窓の外を見ていたが椎名にはまだ気づいていない。
遠目から見ても、我ながらいいカットができたと椎名は思った。
「久保田さん、お待たせしました」
「椎名さん」
女はにっこりと笑って立ち上がった。
「お時間あまりないでしょう。駅まで歩きながら話していいですか」
「あ、いや」時間あるからと言おうとしたが、女は椎名がこたえるよりも早くコートを着て、マフラーを巻いて外へ出た。
「冬になったらボブにしたいと毎年言っていましたよね」
「覚えてくださってたんですか。嬉しい。そうなんです、毎年思うんですけど、ボブにしたことなくてなかなか踏み切れなかったんです」
「似合いますよ、ボブも」
女は立ち止まって真斗の目をまっすぐ見た。
「椎名さん、」
「はい」
「あの、ずっと前から好きでした、私と付き合ってください」
女は祈るような目に真斗は動揺した。
真斗の頭の中には、太陽のような笑顔の彼女の顔が浮かんだ。
「ありがとう。久保田さんはいつも明るくておしゃべりしている時も楽しいし、素敵な方だと思っているけど、でも、ごめんなさい。僕には、ほかに好きな人がいます」
「そっか。そう、だよね」
女は口元をマフラーに埋めながらつぶやいた。
「自分の気持ち、伝えられてよかったです」
「気づかなくて、ごめんなさい」
「いいんです。時間取らせちゃってごめんなさい。さようなら」
女は駅と反対方向に走っていった。
女のヒールの音が雑踏に消えていくのを立ち尽くしたまま聞いていた。椎名は胃から酸っぱいものが上がってくる感じがした。
帰り道、電車の座席に座ると、睡魔に襲われた。
中学の時に付き合って別れた彼女が、最近夢によく出てくる。
金髪で、太陽のように明るくよく笑う子だった。
一緒に美容師を目指そうと言っていたのに、中学を卒業してすぐに別れた。別れた理由をきけずにずっと引っかかっていた。
中学の頃の恋愛を26になってまで引きずっているはずもないが、事実それ以来誰とも付き合ったことがない。
彼女は花村雪。雪のように色が白く笑顔が素敵な女の子だった。
夕食を食べながら真斗は中学の頃を思い出していた。
仲間と無人島に行って花火を打ち上げて警官に追いかけられたことや、川に飛び込んで遊んだこと。いつもそばにユキがいた。
夏休み明けに、真斗はユキと付き合い始めた。
中学を卒業しておなじ美容師学校に進んだが、5月の連休明けに、学校を休んだ。連休は実家に帰ると言っていたユキに久しぶりに会えると思っていた真斗は、慌ててユキに連絡した。
もうしばらく実家にいるね
のメールのあと連絡はなかった。ユキは電話にもでなかった。もうしばらくしたら学校に来るだろう、と軽く考えていた。一週間後、夜中の2時にメールがきた
真斗にあやまらないといけないことがある。好きな人ができちゃったの。ごめんなさい。
今まで楽しかった。本当に。ありがとう。
すぐに電話したけど、留守番電話になり、ユキと話せなかった。翌日、ユキの電話はつながらなくなった。
後からわかったことだが、ユキはすでに退学届をだしていた。
真斗には何が起きたのかわからなかった。
最後に会ったときはランチして横浜をぷらぷらしながら買い物して、いつも通りだった。ユキも笑顔で僕の腕に手を絡めてきた。
連休明けに学校で会う約束をして別れたんだった。
それきり会っていない。
実家に電話しても、
真斗くん、ごめんなさいね。ユキは留守で、この前もかけ直すよう伝えたんだけど
ユキのお母さんの困ったような声が聞こえてきた。
数週間後、ユキの実家に行ってみると、表札に違う名前がかけてあった。いつの間にか引っ越したようだった。ユキにも実家にも連絡ができなくなっていた。
もう忘れようと思った。
中学の頃の仲間ももう20歳になっていた。ビールに枝豆つまみながら昔話をしていた。
そいえば真斗、ユキちゃんとはどうなったんだっけ?
おい、昔のことほじくり返すなよ
中学卒業してから連絡取れなくなってそのまま
あれ、おんなじ美容学校行ったんじゃなかったっけ?
あんなに仲良かったのに?
そいえば、あ、いや何でもない
なんだよ
医療センターで見たのユキちゃん見たんだよね。じいちゃんの見舞い行った時、俺らさ、パジャマ選んでやったじゃん。ユキちゃんの誕生日だからって。
あったあった。
あのパジャマ着てた。
ユキが入院?
もう、5年も前だぞ。新しい町で新しい彼氏つくって元気にやってるよ。引きずりすぎだよ。ユキちゃん、真斗を傷つけないようにと思って好きな人できたって嘘ついて別れたんじゃないか
自己犠牲ってやつ。いい子だったもんな。
真斗、真実はわからないけど、後ろばかり見ていても進めない。前を向けよ
この日から、真斗からユキの思い出は消そうとすればするほど鮮やかになっていった。
真斗は、休みの日には趣味の写真を撮りにいった。
電車を乗りついで、駅に着くと岬まで歩いた。
駅前は閑散としていた。商店街の看板にも年季が入っていた。
八百屋の店先で黒猫がくつろいでいる。
店の看板や町並みの写真を撮りながら、岬に着くと灯台があった。
まだ日の入りまでには時間があるが、ずっと景色を眺めているだけで真斗の心は癒された。
とんびがピューヒョロローと鳴きながら飛んでいた。
青空にそびえるような灯台。
青い空と紺碧の海。
灯台の横に古めかしい電話ボックスがある。写真を撮るには邪魔に思えた。
こんなところにどうして電話ボックスがあるんだろう
陽が落ちてくると空が茜色に染まり始めた。
月や星も輝き始め、幻想的な写真が撮れた。
帰りの電車の中は暖かく、真斗は眠りに落ちた。
帰宅してスマホを見ると、何件か着信があった。
知らない番号だった。
かけ直すと、ユキのお母さんが出た。
「真斗くん」
「ずっと連絡取れなくてごめんなさい。今、お時間大丈夫?」
「あのね、ユキが真斗くんには話さないでと言ってたから言えなかったんだけど、ユキね、病気だったの」
「ユキが? なんの病気・・・ですか?」
「脳の病気で、中学卒業して5月に手術したの」
友達が医療センターで見かけたと言ったのを思い出した。
「手術は成功したんだけど、麻痺が残って車椅子生活になってしまって。ユキは真斗くんが心配するし、嫌われるのが怖いから知られたくないって学校も辞めてうちにこもってばかりいたのよ」
「そんな。今は」
「もう一度手術を受けることになったんだけど。真斗くん、驚かないでね」
「3ヶ月前急に悪くなって亡くなったの。」
「そんな」身体中の力が抜けてソファにどすっと倒れ込んだ。
「ずっと真斗くんに会いたいと言ってたのよ。でも連絡先もわからなくなっちゃって。ユキの部屋片付けてたら、」
真斗にはユキの母の声がどこか遠くて聞こえているようだった。自分とは関係ないことを喋っているようにふわふわとしか聞こえない。
「ごめんなさい」
ユキの母は何かを一生懸命しゃべっていた。
声というより音声としてしか聞こえなかった。意味のある言葉ではなく真斗の耳に届いているのは音でしかなかった。
真斗は住所と電話番号を聞いて電話をきった。
真斗はソファにもたれかかったまま動けなかった。
嘘だろ、ユキ。どうしよう。もうこの世界にはユキがいない。僕はどうしたらいいんだろう。ユキのいない世界に僕がいてなんの意味があるんだ。
全身が小刻みに震えていた。
涙なんか1粒もこぼれなかった。
気がつくと12時だった。
もう寝ないと。
今夜寝たらまたユキが夢に出てくるかもしれない。会えるのが嬉しいような怖いような気がした。
寝ようとすればするほど眠れなかった。
外が明るくなってくるとようやく眠気がやってきた。また夢を見た。
ユキは海の近くにいた。
真斗くん、話したいことがある。お願い、私に電話して
どこか見覚えのある場所だった。目覚ましのギンギンした音で夢はプッツリと終わった。同じ夢を前にもみた気がする。
翌週、ユキのお母さんに教えられた住所に行った。
「わざわざ来てくれてありがとうね。真斗くん、すっかり大人になったわね。」
ユキのお母さんは真斗の顔をしげしげと見た。
仏壇にはユキの笑顔の写真が置かれていた。不自然だった。
「朝になると、おはようと起きてきそうな気がするけど、もうそんなことないのよね」
真斗がお線香をあげると、ユキのお母さんは礼を言った。
テーブルの上にはアルバムが置かれていた。
「ユキの写真、あるけど、見る? 辛かったら無理しないでいいのよ」
真斗はゆっくりとうなずいた。
ユキが赤ちゃんの頃の知らない写真が続いた。
「ここから中学校ね。みんなでどこか無人島に行ったでしょ」
写真には写っていないが、その前も後ろもあって、うっそうとした森の匂いや、みんなのどうでもいいおしゃべりや笑い声が思い出されてきた。
「真斗くん、大丈夫?」
「楽しかったな、と」
「そうね、ユキはいつも笑顔で、本当に明るい子だったわ。このアルバムにいっぱい写真入れて、ユキがお嫁に行く時に持たせてあげようと思ってたのに、最後の方は白いページばっかりになちゃうなんて思ってなかった」
ユキのお母さんの目から涙がこぼれた。
「ごめんなさい」
「いえ、泣いてください」
真斗はユキのお母さんの背中をさすった。
「ありがとう。私、ずっと泣けなかった。ユキの病気がわかった時、手術中、ユキが今までありがとうって言った時、必死で涙堪えてたのに、亡くなってから悲しくてたまらないのに、泣けなかったのよ。それが今になって。真斗くん、ありがとう」
「僕はなにも」
「そうだ、ちょっと待っててね」
ユキの日記を持ってきた。
「ユキがね、私がいなくなったら見ていいよって」
10月6日 今日は頭痛がひどいくて、ずっと起きられなかった。中学の時、花火したことを夢に見た。夢の中で真斗くんに会えて一緒に笑えてちょーハッピーだった。また同じ夢を見たい。
5月28日 真斗くんに会いたい。でも、会いたくない。
7月2日 真斗くんから電話があった。電話に出たいのに体が動かなかった。怖かった。急に別れて音信不通になったこと怒ってるかな。怒っていてもいいから声が聞きたい。謝りたい。でも、会おうって言われたらやっぱり会えない。勇気がない。嫌われたくない。
「真斗くんのことばっかりでしょ」
「それからね、このページ」
最後のページに、電話番号と電話してほしいと走り書きがあった。蛍光ペンでグリグリと何度も囲って紙に穴が空いていた。
「これ、ユキの携帯電話の番号ですよね?」
「そうなの。でも、ずいぶん前にこれ解約したはずなんだけど、いつ書いたのかしら」
「アルバム、もう一度見せてもらっていいですか?」
ページをめくると、岬で撮った写真があった。
「ここ」
「ああ、神網岬ね。ユキが気に入って何回も行ったわ。ここがどうしたの?」
夢の話をした。その夢の中でユキが立っているのはこの電話ボックスの前だった。
馬鹿げた話と言われるかと思ったけれど、ユキのお母さんは、落ち着いて耳を傾けてくれた。
「何度も夢に出てくるなら、ユキも伝えたいことがあるのかもしれないわね。私も、なんとなく神綱岬に行きたいと思っていたのよ」
「お時間あれば、これから行きませんか。あ、急にすみません」
「行きたいわ、一人だと、ユキのこと考えてばかりで。ちょっと待ってて。車、出すわね」
突然の提案にも関わらず、二人は岬に向かった。
「この商店街、昔はもっと活気があったのに、廃れちゃったわね」
視界が開けて灯台が見えた。
「そう、ここ。懐かしいわ。小さい頃ね、ユキが灯台初めて見たから、これが東京タワー?って聞いてきたり、笑っちゃうわよね。あの電話ボックスのこと?」
「そうです」
真斗は電話ボックスに入り、ゆっくりとユキの携帯番号を押した。繋がるはずのない番号を。
しばらく無音だったが呼び出し音が鳴った。
1、2、3、4、5真斗はため息をついた。
「出るわけないよな」
受話器を置こうとすると、声が聞こえた。
「真斗くん?」
ユキの声だった。
「聞こえてる?」
「ユキ?」
「うん。真斗くん、電話してくれてありがとう」
真斗の目に涙が溜まり、喋りたいのに、喉が詰まってうまく声が出なかった。
「何? 泣いてるの?」
「ごめん」
「ごめんいうのはこっちだよ。真斗くん、黙っていなくなってごめんなさい。」
「いいよ。お母さんから聞いたよ。俺の方こそ何も気づかなくて辛い思いさせちゃって、ごめん」
「病気のこと話したら心配させちゃうし、このまま一緒にいても、つらい思いさせるってわかってたから、会いたくても会えなかった」
真斗は涙を堪えた。
「そのまま死んじゃうなんて、ユキ何やってんだよ。大好きなユキのことくらいちょっとは心配させてくれよ。ユキがつらいときこそ、俺は一緒にいたかったよ」
「真斗…。自分で勝手に決めちゃって、ごめんだけじゃ足りないけど、本当にごめん」
しばらく沈黙がながれた。
「真斗、今までありがとう。大好きだったよ。」
「俺も大好きだよ」
「でもね、真斗、私のこともう忘れて、幸せになってほしい」
「忘れらるわけないだろ」
「大丈夫、忘れさせてあげるから。幸せになって、真斗。さようなら、真斗」
「そんな」
「お母さん、そばにいるでしょ?変わって」
「わかった。ユキ…さようなら」
真斗は最後の5文字を自分に言い聞かせるように言うと、電話ボックスの外で待っていたユキのお母さんに声をかけた。
ユキのお母さんは目に涙を浮かべて受話器を受け取った。
「ユキ、いつも通りだった。元気そうで安心したわ。元気っていうのもおかしいわよね」
二人で笑った。ユキのお母さんの笑顔を見て、真斗はほっとした。
ユキのお母さんは、帰りの車の中でユキの思い出話をした。
真斗は知らない人の話を聞いているような妙な感じがした。
「真斗くんのおかげで気持ちの整理ができて、とってもよかったわ。ありがとう」
「こちらこそ、急だったのにありがとうございました。ユキと話せてよかった」
ユキのお母さんは真斗のマンション前まで送ってくれた。
部屋に戻ると、ユキの顔も声もはっきりとは思い出せなくなっていた。話した内容は覚えているのに、声がどうしても思い出せない。
パソコンを開いて、明日のシフト表を見た。
「18:00〜 久保田さん」
久保田は、先日振った女の子で、ボブにしたばかりだった。
気まずくならないように無難な話題を考えながら、ベッドに入った。
その日、ユキは夢に出てこなかった。
「いらっしゃいませ。あ、こんばんは。お待ちしておりました」
高木がドアを開けると久保田が入ってきた。
久保田をソファ席に案内すると、高木が耳元で「18時からの久保田さま、ご来店です」と言った。
真斗は前の客の髪を仕上げているところだった。鏡越しに、久保田と目が合った。
真斗が笑顔で会釈すると、久保田もにこりとしたのを見てほっとした。
「久保田さん、お待たせしました」
鏡の前の席に案内すると、小声で言った。「この前は突然すみませんでした。でも、私、あきらめてませんから」
まっすぐな目で「今日もカフェで待ってます」と早口で言った。
真斗は少し考えてから頷いた。今日は向き合って話せる気がした。「またお待たせしちゃいますがいいですか」
久保田はにこりとうなずいた。
店を閉めると、真斗はみんなと別れてカフェに向かった。
「椎名さん、」
久保田が席を立ちながら声をかけた。
「おまたせしました。今日は時間ありますから」
真斗はコーヒーを頼んだ。
「この前話していた好きな人とはお別れしてきました。だから今は久保田さんと向き合ってお話ができます」
久保田はクスリと笑った。
「なにかおかしかったですか」
「そういうところ、好きです。律儀っていうか、誠実っていうのかな。そうだ、椎名さんに見せたいものがあるんです。実は、私も、趣味で写真撮ってるんです。椎名さんほどではないですけど」
久保田が自分で撮った写真を見せてくれた。
1時間くらい話しただろうか。二人はカフェを出た。
「椎名さん、また会ってくれますか?」
「はい。今日は楽しかったです」
「連絡先、交換しても」
「もちろん。毎回、美容院きてたら久保田さん、ベリーショートになっちゃう」
笑うと久保田のつぶらな瞳が細くなった。
久保田「初日の出、見に行きたい」
真斗「いいね。日の出桟橋はどう?」
久保田「もっと遠くがいい」
真斗「ちょっと調べてみる」
久保田「りょ」
真斗「りょ?」
久保田「了解のこと」
真斗「りょ(笑)」
二人で暗いうちに待ち合わせて、初日の出を待った。
岬の先端に灯台があった。
「寒いね」
日の出時刻になっても空がまだ暗かった。
久保田が長いマフラー真斗にかけてくれた。
真斗は久保田を見た。
「あの、久保田さん、」
「莉緒でいいよ。真斗さん」
「莉緒、僕と、僕と、つきあって…」
「ちょっと待って。向こうの空から明るくなってる。もう、椎名さんたら、反対側じゃん」
久保田は椎名の手を引いて日の出の見える場所に走った。
二人でばかみたいに笑いながら走った。
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