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「え、ですから、その...」  彼女は困ったような表情をした。女二人だし、他に耳をそばだてている客はいない。なのに、彼女は恥ずかしそうに身体をもぞもぞさせる。 「で、妊娠がわかったのですね。つまり、お腹が大きくなったと?」 「いえ。実は妊娠検査キットで陽性反応が出ました。産婦人科に行ったら、妊娠の初期段階だと診断されました」 「あの、お言葉ですが、想像妊娠てことはありませんか?」 「それはありません。確かにわたしは胎児を宿している感覚がありましたから」  わたしは子どもを宿したことがないので、わからない。 「それで、妊娠した後は?」 「残念ながらというべきか、ホッとしたというべきか、ある時、流れてしまったんです。流産しました。もし、このまま臨月を迎えて出産となったら、どうしようかと思いました。出産費用もかかるし、シングルマザーになるなんて、想像しただけで、どうにかなってしまいそうでした。だから、ホッとしたというのが正直な感情です」 「そうですよね。シングルマザーになったらお仕事にも支障が出ますよね。加賀美さんにしてみたら、不幸中の幸いでしたね」  加賀美さんは複雑そうな笑みを浮かべた。 「それで、わたしが部屋を退去する時に、大家さんに訊かれたんです。妊娠したでしょうて」  わたしは再び身を乗り出す。 「秋山ハイツの204号室に入居した女性は例外なく2か月以内に妊娠すると大家さんは言いました。パートナーが居ても居なくてもです。わたしは大家さんが悪い冗談を言っていると思いました。わたしは妊娠したことを誰にも言っていません。だから、大家さんがわたしの妊娠を知る機会はなかったんです」  加賀美さんは両肩を抱くようにして震えた。 「秋山ハイツの204号室は妊娠する部屋ってことですね」 「はい...」 「実際に子どもを出産するに至った人はいたのですか?」 「いいえ。みんな途中で流産してしまったようです。中には中絶した人もいたようですが」  わたしはペンを置いた。 「そこは事故物件ではないですよね?」 「はい。家賃も相場通りでした」  わたしは天井を仰いだ。妊娠そのものは怪異ではないものの、身に覚えのないにもかかわらず、妊娠する。そのこと自体が怪異だと思われても致し方ない。  わたしはその曰く付きのハイツを訪ねることにした。
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