安穏村(あんのんむら)

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 第一章 葉山奏    人は皆、人生に三度モテ期が来るというけれど、もしかしたら今がその時期なのかもしれない。  同級生の本宮くん、三木谷くん、佐伯くん、和田くんから同時に手紙をもらい、戸惑いつつも奏の頬はずっと緩みっぱなしだ。  この自分が、高校三年の男子全員から告白されるなんて。 母が病死してから、父の故郷であるこの村に連れられてきた。  安穏村。地図にも載っていないような東北の小さな村。今どきめずらしく、携帯電話の電波もほとんど入らない。  この安穏村に東京からやってきたのは、高校三年の六月。  過疎化が進む村には、高校生は奏を入れて五人だけ。高一、高二もいない。奏たちが卒業したあとは、この高校は廃校になる予定だ。  ここに来てすぐは不安だった。学校になじめるか、そもそも村になじめるのか。でも、その心配は杞憂だった。  村の人はみんな優しいし、学校の皆も自分を受け入れてくれた。  今は八月だというのに、ここは涼しい。朝や夜は半袖だと寒いくらいだ。  一つ驚いたことがある。多くの高校生が進路を先生に伝えるように、この村では、意中の相手がいたら、卒業前の祝いの席で、そのことを村の人たちに伝えなくてはならない。  何でそんな決まりがあるのかはわからない。けれど「郷に入っては郷に従え」。ここでは、村の決まりは絶対だ。  田舎では噂はすぐに広まるとは聞いていたけれど、好きな人まで自分から伝えなくてはならないなんて、ずいぶんと開けっぴろげだ。
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