ふるえる

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先輩とのデートは、必ず映画と居酒屋。 先輩が観たい映画があると、連絡が来て、一緒にみる。 先輩はスクリーンや座席にこだわりがあり、 場所は先輩が指定した。 色々な劇場を巡った。 見た後は、居酒屋で、感想を話しあい、 色々な日本酒を飲み比べ、 料理をシェアしあった。 「安永はビールは飲まないのか?」 「いつもは飲まないんだけど、先輩の見てたら、飲みたくなってきました!」 先輩が注文する。 冷え冷えのジョッキに注がれた生ビールが2つ届く。 日本酒で既にほろ酔いの冴子は、ごくごくとビールを飲み干した。 「ビール美味しいですねー!」 「だろ?」 先輩も嬉しそう。 たったそれだけのデートが、月に一度。 約2年続いた。 2人の距離は、全く変わらない。 互いに、それ以上踏み込まない。 手すら繋がない。 深い会話は、何一つしていない。 それでも、 「チケットの半券に、日付と誰と行ったかを書いたのを全部大事にとってあるんだ」 という先輩の言葉に、 冴子は少し期待したりもした。 けれど、ずっと、ただの飲み友達だった。 それに、どうやら冴子以外にも飲み友達がいるらしかった。 先輩は、医師国家試験を控えていて、精神的に不安定らしく、それでいろんな友達と会って不安を解消しようとしているらしかった。 だから、冴子はひたすら無邪気に明るく振る舞い続けた。 「受かったよ!」と連絡を受けると、冴子はお祝いにかけつけ、盃を酌み交わした。 先輩が研修医になると、最初のうちは、配属先の病院がいいところだといった楽しげなメールが来たが、だんだん頻度が減り、そのうち、大変だとか疲れたという内容に変わっていった。 人間関係や勢力争いなど、色々なしがらみに、精神的に参っているようだった。 医学部内部の事情などよくわからない冴子には、どう彼を励ませばよいのかわからない。 「俺はメスは握っていたいが、外科は無理だから諦めた。だけど、メスは使うとこにしたんだ。どこだと思う?」 「え…どこだろう…皮膚科とか?」 「ブブー!泌尿器科!一応、手術するからな」 「なるほど!考えましたねー!」 久しぶりに会った先輩は前向きに話すが、とても納得しているようには見えなかった。空元気に見えた。 冴子は冴子で、年中無休の研究室に嫌気がさしていた。学生なのに夏休みがない。 修士ってそうなの? 帰省するとか旅行に行くなどの理由がない限り、研究室に行かないといけない。 なぜ、家で休む、はダメなのか。 その上、思うように成果も出ず、先の見えなさに疲れ切っていた。 せっかく先輩から「やっと休みがとれた!」という連絡が来たのに、 「うちの研究室、夏休み無いんだよ悲しい」 と返信してしまう。 研修医の方が大変だったろうに。 先輩を思いやるゆとりを失っていた。 先輩からの連絡は、それっきり途絶えた。 冴子は、後悔した。 だが、弱った時にお互いにダメになるタイプだな、とも思った。 成瀬先輩は冴子に支えてもらいたがっていたのは察していたが、 冴子だって支えてもらいたかったのだ。 冴子は、自分から連絡をとることなく、 成瀬先輩を諦めた。
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