翌朝のさよなら

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ホテルの歯ブラシを持っていた弦は、歯磨きを終えると黒いリュックを背負い、玄関へ向かった。 「帰り道、大丈夫?」 「大丈夫。泊めてくれてサンキューな」 スニーカーを履くと、こちらに向き直りニッと笑った。 弦は遠くへ行くんだ…そう思ったら、何だかソワソワした。昨夜、連絡先は交換した。繋がりはあるのに少しばかり淋しい。 「あのさ、またこっち来る?」 「あ〜…たぶん、来る。また連絡するわ」 「うん、じゃあ…気をつけて」 片手を上げて、弦は玄関を出て行った。 ガチャリと重い扉が閉まる。 鍵を締めて部屋へ戻ると、いつもの部屋が何か物足りなく感じた。 ふとテーブルの上に目をやると、置いていた音楽雑誌の間に千円札が挟まっていた。 他にメモも何もないが、置いていったのは弦だ。 「何これ…朝飯代? 別にいいのに。案外気遣いなのかな…」 昨夜から弦のギャップに驚かされる。 心のソワソワはなかなか消えない。 僕は一つ後悔をしている。言えばよかった。 ――「一緒に音楽やらない?」 僕は彼を音楽の世界に繋ぎ止めたかったんだ。
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