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静かな滑り出しに、ゆっくりとしたテンポで進んでいく。穏やかな曲調は弾いている自分でさえも、うっとりとしてくる程、心地良い。
次はボーカル……。僕は左前に立つ彼をちらりと見やった。いつの間にか酔っ払いの男性はベンチに腰掛けていた。彼が座らせてくれたのかもしれない。
彼がスウッと息を吸い込んだ。
彼の歌声が今、目の前で放たれた。
その瞬間、鳥肌が立った――。
腕から全身にかけてゾワッと。
そしてそれは「感動」という言葉を纏って、心にじんわりと届く。
さっきまで話していた声色とは違う、優しく透明感のある、それでいてピンと張られた弦のような力強さを感じた。
気だるそうに座っていた男性も彼に釘付けになっている。正気を取り戻したかのようなその表情に、自分と同じ気持ちを得たのだろうと思った。
気がつけば、僕らの周りに人が集まっていた。
思わぬ展開に気持ちを高ぶらせながらも、間違えないよう弾き続けた。
サビに入ると、彼の歌声はさらにその威力を増し、響き渡る。アーティストの物真似ではない、まるで自分の曲のように歌い上げるその姿に、僕の心は奪われていた。
心が籠もっている。そう素直に感じた。
終盤になると、僕の目は潤み始めていた。
目頭が熱くなる。紛らわすため前を向き、周囲に目をやった。
酔っぱらいの男性を始め、その場で聴いていた人達が口元に両手を置いたり、涙を拭うような仕草をしたり、スマホで撮影をしている若者もいた。
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