路上ライブの夜

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曲が終わりを迎え、どこまでも伸びる歌声の後、すぐに拍手と歓声を浴びた。 彼は深く一礼をすると少し照れたように笑い、こちらを向いた。 「うわ〜、途中から人増えてきて緊張した」 素に戻った彼に思わず笑ってしまった。 何なんだ、この人。歌っている時とまるで別人だ。 人だかりの中、先程の男性を見つけると彼はまた「先輩」と言って近寄っていった。 僕は嫌だなと思いつつも、彼の後ろに続いた。 「先輩、聴いてくれてました?」 「おぉ…上手かった、良かった」 ぶっきらぼうにそう言うと、スーツの胸ポケットから革のマネークリップを取り出し、挟んである千円札を全部渡してきた。 路上ライブで貰うにはあまりに多い金額に、慌てて拒否すると「いいんだ」とだけ言い、ゆっくりと立ち上がり駅の方へと歩いて行った。 白髪の多い髪、くたびれたスーツ、角の剥げたカバンを見て、何だか虚しい気持ちになった。 さっきの曲が彼にとって応援歌になったのか、どう心に響いたのか分からないが、演奏できて良かったと今は思う。 ――彼のおかげだな…。 数人の女性に声をかけられている彼を横目に、キーボードを片付けようとすると、彼が駆け足で戻ってきた。 それと同時に残っていた数人の観客から「アンコールお願いします」と声がかかった。 「…ってことだけど、どうする? やれる?」 彼は少し困ったように首に手をやりながら、ちらりと僕を見た。 「うーん…時間的にあと一曲だけなら…。また歌ってもらえますか?」 「え、逆にいいの?」 「もちろんです」 ここまで来て彼の歌なしにはあり得ないだろ、と急に遠慮がちな彼に笑ってしまった。 「俺さ、気に入ってる曲があるんだけど…いつも、中盤くらいで弾いてる曲。誰の曲か知らないけど…」 「えっ…?」
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