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ドキッとした。
アーティストの曲以外、セットリストに入れているのは僕が作った曲だったからだ。
オープニングとエンディングに短めの曲、そして中休みにと、1番だけのオリジナル曲を入れていた。もちろん、それらに歌詞はなかった。
「あ…それ、たぶん僕が作った曲だから、歌詞とかないので、他の曲で…」
「じゃあさ、勝手に歌っていい?」
またも驚き目を見張る。
「え…いいですけど…」
「よーし、じゃあやろうぜ」
くるりと前を向く彼に、アンコールを待っていた観客がざわめく。嬉しそうに手を叩く女性達。
僕は少し複雑な思いだった。アンコールの曲は彼女達から指定されていないけど、これから聴かされる曲は誰も知らない曲なのだから…。
そう思って、ふと気になった。
彼は「気に入っている曲」だと言っていなかったか? しかも「いつも」って言葉も付いていた。
僕が視界に入れていなかっただけで、彼は僕のライブをよく聴いていたということなのだろうか…。
イントロを弾き始める。
観客はまた「わぁ!」と声を上げ拍手をしてくれた。
この曲はロックを意識して作ったアップテンポの曲だから、中盤に弾いて緩急を付けていた。
路上ライブで演奏する時は、若干ジャズっぽさも加えつつ、ノリの良い感じにアレンジしている。
自分で作っておきながら、音数の多い曲なので歌うとなると難しいとは思うのだが…彼は一体、歌詞すらないままに、どう歌おうと言うのか。
彼も観客も曲に合わせて体が動く。
軽い拍手でリズムを刻み、期待に目を輝かせる観客達に彼も笑顔を振り撒いていた。
――楽しい。まるで本当のライブみたいだ。
何十回とこの場で路上ライブをしてきたのに、初めての光景だった。
本当なら悔しがるところなのかもしれない。
だけど、この時は僕自身が彼の歌声の虜になっていたんだ。
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