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動き出した世界
アンコール曲が終わり、興奮冷めやらぬ様子の観客達も「また聴きに来ます」と言って応援の言葉を残し、帰って行った。
皆が聴き惚れた歌声の持ち主は、本当にサプライズゲストというべき存在なので「次もいる」と期待されると、正直困る。
けれど、僕もこの逸材と離れたくないような、そんな気持ちを抱えながら機材を片付けていた。
「あの…今日は本当にありがとうございました。僕、何かお礼を…あ、その前に。鍵谷響一です」
「あ、どうも。松屋弦です…って、鍵谷くん、年いくつ?」
互いにペコペコと頭を下げ、ようやく自己紹介をした。しかも同い年であることが分かって、敬語はやめようと笑った。
「あ、弦…くん。この後って時間ある?」
わりと遅い時間になっていたけど、もう少しだけ話をしたかった。お礼も出来るだけ早い方がいいと思った。
「弦でいいよ、俺も響一って呼ぶから。この後…」
そう言いながら弦は、ポケットからスマホを取り出し「げっ」と驚いた声を出した。
「なんなら明日の朝まで暇になった」
少し困り顔で大きな口をニカッと横に広げた。
「え、何か予定あったの? もしかして…歌のせいで潰れた?」
「まぁ…家に帰る予定だったけど、電車なくなったから、とりあえず明日の早いやつで帰るわ」
僕は彼の持つスマホの画面を隣から覗いた。
新幹線の時刻表が表示されていて、行き先は東北の方だった。確かにすでに最終が出てしまっていた。
「えぇ…ごめん。ホントごめん」
「いい、いい。大丈夫。ただ帰るだけだし」
新幹線のチケットは乗る前に買うところだったと言うので、代金までも無駄にならなくて安心した。
彼には申し訳なく思ったけど、話す時間が増えたことに嬉しさを感じてしまった。
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