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どのくらいの間そうしていたのか、次に顔を覗き込まれた時に、初めて彼の顔をはっきりと見る事が出来た。ミシェルの家では下を向いてばっかりで、顔を見る事すら出来なかったから。
シャープなフェイスラインに、両耳に光る小さいシルバーのリングピアス。先の尖った高い鼻。濃いブラウンの前髪の下に覗く、ソーダキャンディみたいな瞳。
「息、出来てた?」
そう言って口角を上げて微笑む彼は、すごく綺麗だった。その時、すでにうるさく鳴り響いていた心臓が、一層強く飛び跳ねた。
「あー、なんか悪い事してる気分」
そう言ってくすくすと笑う。そうだ、これはすごく悪い事だ、めちゃくちゃ悪くて、だから俺は怒るべきだって。
そう思ったのに。腰を支えていたジェイクの手が外されると、急に膝からカクンと崩れてしまいそうな感覚に陥った。
「大丈夫?」
そう言って余裕で微笑みながら俺を覗き込む悪い奴。お前なんて知らない。そう言って放って家に帰ろうと思ったのに。
彼の右手の甲に血が滲んでいて。思わずその手を取った。
「痛い?」
手の甲と、人差し指と中指の拳の骨の部分を酷く擦りむいて、血が滲んで来ている。すごく痛そうだ。
「ま。地味に。大した事ないよ」
そう言って微笑む。俺が抵抗して背中を壁に擦り付けたせいだって分かった。
「なんか……ごめん。お、俺のせいじゃないけど、そっちがいきなりキスしたせいだけど」
罪悪感と、でも元はといえばそっちが悪いの気持ちがないまぜになって。その手を包み込んで見つめる。
「そうだよ、俺のせいだから。気にしなくていい」
そう言って笑うと、ジェイクは俺の頭を掻き回した。
「そうだよ、そうだし」
「ごめんね、初めてもらっちゃった」
「だから、違うし、初めてじゃないし」
「そ? あー、やば、かわい」
「うるさい」
軽口を叩くジェイクの言葉にいちいち反応して、顔が熱くてたまらない。もう暗くて良かった。
「さ、帰ろう」
そう言うと、怪我している方の手で俺の手を掴んで歩き出す。
なんで、手を繋がれて……いや、掴まれて。
そう思ったのに、ドキドキして喉から言葉が上手く出ていなかくて。ただ彼の横顔を見つめていた。
「マジで可愛いね。ロレンゾ。この夏、俺と遊ばない?」
家の前まで一緒に着いて来ると、ジェイクはそう言った。
「は? なんで」
「君のこと気に入ったから」
「なに、それ……そんなことより、手当てする?」
「ええっ? ありがと、大丈夫だよ。なんか、変わってるね、ロレンゾって」
何がおかしいのか、ジェイクは笑っている。
「変なのはそっちだろ」
「明日は何してるの?」
「え? 別になにも」
「じゃあ。また明日ね」
ぜんぜん噛み合わない会話。
「なんで?! 約束なんてしない」
「じゃあね」
そう言って俺の頭を撫でると、足早に帰って行った。
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