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「まあ、それでほんとにその夏、一緒にいたんだ」
「え、夏って、夏休みの間だけ?」
遥香は目を丸くする。
「んー、そうだね。実際、彼は地元の人じゃなくて。近所の親戚の家に夏の間遊びに来てたんだよね。それで俺の事、前から見かけてたらしい」
「えっ? それってほんとに悪い奴じゃない?」
律が言う。
「んー、そうなのかもね?」
実際にはジェイクに対しての悪感情も残っていないし、傷つけられた訳でもない。
あの時は最初から夏の間だけなんだって、思っていたから。その夏をめいっぱい一緒に楽しんだ。
今となっては、思い出の1ページだ。
「まー、彼に会ったおかげで、俺の人生はクリアになったっていうか。だから良かったんだよ」
あの夏ジェイクと出会わなければ、もしかしたら俺は今も自分がどう言う人間なのか分からずに、苦しんでいたのかも知れない。
「そうなの? そう思えたなら、良かったんだね」
愛美は頷いている。
「俺も、いい子だった訳じゃないしね。いろいろ教えてくれたし。ある意味ウィンウィンだったのかも……あの夏があったから、今があるし」
「それウィンウィンなの? いろいろ……って」
律がぶつぶつと呟いている。妄想が爆発したのか、耳を赤くして固まっている。
「凪、律が赤ちゃんになってる」
「はっ?! 何言ってんだよ」
俺が揶揄うと、律は顔をもっと赤くして怒ってた。
「律をいじらないで」
凪は律の両耳に手を当てて塞ぐと、鋭い目付きでそう言う。
「過保護すぎ」
思わず笑ってしまう。
2人の様子を見て、遥香も愛美も笑っている。
凪がものすごく律を大切にしているのが、よく分かる。
冬休みにも、その次の夏にも、ジェイクがどこかから急に現れないかと考えた事はある。
だけど、あの夏の終わりにさようならをする時に、俺は泣いて縋ったりもしなかったし、お互いに「またね」とは言わなかった。
初めからずっと、終わりを知っていた気がする。
一度だけSNSで名前を検索して彼を見つけた事がある。そうしたら、友達に囲まれて、楽しそうに過ごしている様子が見えた。
彼氏じゃなくて彼女がいて、もしかしたら、俺は彼にとっての本当にひとときのバカンスだったんじゃないかと、妙に腑に落ちた。
それに、もしその事を隠しているんだとしたら、少し気の毒に感じた。
俺はあの夏のおかげで自由になれたから。
「で? 恵君にはいつ会わせてくれるの? めちゃくちゃ気になるんだけど」
「だよね、すごい可愛いんでしょ? それも気になるし、レンの好みがすごい気になる」
遥香と愛美が口々に言うと、律に、凪まで頷いている。
「めぐちゃんにはちゃんと優しくしてるんだろ?」
人懐っこい律は、会った事もない恵をすでに愛称で呼んでいる。
「なんか、俺らには冷たいじゃんいつも」
「え? 冷たい? 俺が?」
そう聞くと、みんなが頷いていた。
「あ、そう? だよね」
「自覚あるのかよ」
「んー、まあ、元々俺別にいい人ってタイプでもないし。それは分かってるよ」
「分かってるんなら直しなよ」
愛美がツッコミながら笑う。
「んー、性格だからきっと無理。でも、恵には優しいって言われるんだけど……変だよな」
そう、誰にでも興味がある訳じゃないし、人と簡単に仲良くはなれない。みんなに親切にしたり優しくしたり出来ないって自覚してる。
「うわー、ほんと見たい。ふたりが一緒にいる所見たすぎる」
「すぐライブだろ? その時紹介してよ」
「んー、考えとく」
もう何度もこの会話を繰り返している気がする。その度になんとか回避して、恵とみんなを会わせずに済んでいる。
「そんな隠されると気になるからね、よけいに。ほんと1年のクラス行っちゃうよ? 行けるんだからね、私たちだって」
「それはやめて。怖がるから。みんな怖いからね」
「おもろ、それ、脅しじゃん。遥香怖ー」
「怖くないでしょっかわいいでしょっ」
「今の会話のどこに可愛いがあったんだよ? うける」
律がそう言うと、みんな笑った。
「さ、俺の話は終わり。早く課題しようよ」
「あー、終わらないよこれ」
「終わらせるの、がんばろ」
みんながため息混じりで口々に言う。
話が逸れて、俺は内心ほっとした。
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