Tonight Tonight

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「おつかれ、よかったじゃん」  ステージで汗だくになった後に冷えた体がだるい。脱力して廊下に座っていると、奏真が俺を見下ろしていた。 「おつかれ。ほんと楽しかった。奏真も、かっこよかったね、みんなびっくりしてたよね、歌い出した時」 「うん、すげえ緊張したけど、気分良かった」  そう言いながら、俺の隣に座る。 「だよね……ほんと」  力みすぎたのか、たった三十分の演奏で、両腕がだるいし、無駄に力を入れたせいか、手のひらの感覚がおかしくなってる。 「初ライブ、おめでとう」  奏真はそう言って、ニッと笑う。 「ありがと」  実際の奏真は、想像していたよりもずっとソフトな印象だった。リーダーシップもあるし、自分の意見もハッキリ言う方だけど、俺は会ってから一度も嫌な思いをした事はないし、よく褒めてくれるし話も聞いてくれる。なんなら、すごく頼りになる最高にいい兄貴だと思う。  前のメンバー達と揉めたのにも、なにか事情があったんだろうと簡単に推測出来た。 「……でさ」 「ん?」 「おまえら、どうなってんの?」 「えっ、」  ら、は複数形だ。俺と……もちろん、奏真の弟の恵の事だ。 「どうって……どうも。俺の片想いだよ」  その事は、随分前に知られてしまった。スタジオでの練習の時に、雑談していて勘のいい縁仁に、さくっと言い当てられて誤魔化せなかった。  その時は、動揺して奏真の顔を見られなかった。あの時、何も言わなかった奏真も、同じだったんだろう。  それ以来、この件について奏真と話すのは、初めてだ。 「弟が心配なんでしょ。分かってる。俺は、今みたいにただ恵と仲良くしていられたら、それでいいから。なにか、するつもりとかないから。心配しなくていいよ」  ただの友達でいい。それは、何千回と自分に言い聞かせて来た事だ。そうしなきゃいけないと、ずっと考えている。  ただの友達がハグしたり手を繋いだりするのかは、グレーゾーンだ。いや、きっとアウトだ。  不甲斐ないけれど。俺はどうしようもなく自分に甘い。 「俺は」 「ん?」  不意に、奏真が真剣なトーンで話し出すから、緊張して息が詰まる。 「ロレンゾのこと、いい奴だと思ってる。恵が恋してる所は見たことないから、そのうち彼女が出来るんだと思ってた。勝手にそう思ってたけど。夏休み入ってから、あいつずっと楽しそうだよ。もし……それが、そういう事なら。別に俺は反対しないよ」  奏真は、とつとつと、小さな声で話す。  そばにある楽屋から聞こえてくる笑い声で掻き消されそうな声に、耳を澄ます。 「え?」 「俺、ロレンゾならいいよ」 「え、それ……」 「まあ、お前が本当に友達でいたいなら、それもアリだけど。ずっと我慢して抑えてるのは、しんどくない?」 「え……あ」  俺は、驚いて声を出せなかった。 「俺の弟に近づくな、とか、言うと思った?」  そう言うと、奏真はケラケラ笑う。 「ほんとに、いいの?」 「まあ、ふたりの間の話じゃん。俺が口出す事じゃないし。ま、そういうこと」  奏真は俺の頭をポスポス叩くと、立ち上がって伸びをする。 「恵にも打ち上げ焼肉って言っといて」 「あ、うん、うん……ありがとう」 「何のお礼だよ」  そう言うと、奏真は笑いながら楽屋に入って行った。  ずっと、本当は後ろめたかった。みんなが大切に大切に守って来た恵を、俺が汚しているような気がして。好きな事に、罪悪感があった。  だけど、奏真は俺を受け入れてくれた。  なんだか、鼻がツンとする。  スズの親友は、やっぱり最高だ。  すぐ恵に会いたくてたまらなくなって、立ち上がると会場に戻った。 「レンっ、レンー!」  フロアに入ると、恵を見つけるよりも先に捕まってしまった。クラスメイトの律、凪、愛美、遥香。呼んだのは俺だし来てくれた事も嬉しい。  だけど、今は恵の事で頭がいっぱいで、話している余裕がない。  それでも、みんなに取り囲まれたら最後。簡単に抜け出せる訳ないんだ。 「もーっ、めっちゃ最高だったんだけど!」  遥香が俺の腕をグッと掴んで揺さぶってくる。 「すっごいカッコよかった! びっくりなんだけど」  興奮気味の律が俺の肩に腕を回して来る。少し離れた所でこっちを見ている凪の視線が痛い。  羨ましいか、と言いたいのをぐっと堪える。  律と凪は幼馴染みで、凪が律を特別に思っている事を、俺は知っている。本人は口に出して言わないけれど。俺の勘はきっと当たってると思う。 「ね、ボーカルの人って、彼女いる? めっちゃかっこよかったんだけど。紹介してよ、ねー」  興奮した様子でまだ俺の腕に捕まっている遥香。そう来るだろうとはなんとなく予想してたけど。奏真は確かにかっこいいからな。 「あー、いや、彼女いる」  奏真の彼女は練習スタジオのアーカイブで働いている京子さんだ。まだ付き合って半年で、ものすごく愛し合っていて仲が良すぎて時々見ていられないほどだ。 「えーっ、じゃあベースの人はっ?」 「みんな恋人いる」  さすがに、彼氏がいるとは言えなかった。言った所でみんなが変な目つきで見たりしない事はよく分かっているけど、プライベートな事だから、俺があえて言う必要もないと思うし。 「えーっ、そうなのっ? なーんだ」 「いや、何しに来てんの、遥香。それよりさっ、今日こそ紹介してくれるよねっ? めぐちゃんはどこっ? どのこ? まだいる?」  なーなー、って律が俺の肩に回した腕を揺らして絡んでくる。 「うん……たぶん」  フロアに目をやると、視線を感じた。離れた所からこちらを見ている恵と目が合ったような気がした。だけどその瞬間に心臓が大きく跳ねて、思わずそのまま視線で通り過ぎてしまった。  さっき奏真とした会話のせいだろうか。  いつも可愛い恵が、より一層可愛く見えて、びっくりしたからだ。  一時間前にも話したのに。話どころか手まで繋いだのに。  恵への想いが、常に自分を超えていくから、驚いてしまう。  大きめのシンプルな黒いロゴTに太いベージュのパンツ。シンプルな服装だけど、背が高くて顔が小さい恵だから、凄くおしゃれに見える。ゆるっとしたシルエットの服から伸びるほっそりした腕を見るたびに、もっとご飯を食べさせなきゃと思う。 「いない?」 「や、いるはずだけど」  えー、レン探して来なよ、なんて律が言っているけど。今ここで恵を紹介したりしたら、テンションの上がったみんなに流れで俺の気持ちをバラされたりしかねない。  律も愛美も、恋愛がしたいらしいけれど、なぜか俺の事を凄く応援したいらしく。受け身でじっとしている俺の事がもどかしくてたまらないんだと言う。  でも、俺はそんなアシストは本当に求めていない。だから、なるべく恵を関わらせないように常にブロックしている。  恵がどうして自分の魅力に気がついていないのか、本当に理解が出来ない。今だって恵の周りにいる女の子たちが恵をチラチラと見ているのに。  イケメンに目敏い愛美に恵が見つかってしまわないかとヒヤヒヤしたくらいだ。  視線の先で、恵が楽屋の方に歩いて行くのが見えて、ほっとした。
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