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パンツの後ろポケットで何度もスマホが震えて。ようやくハッとした。
路地裏にひとり取り残されていた。
またスマホが震える。
「もしもし」
「レン? 今どこにいる? もう出るから戻って来て」
電話は、スズからだった。
「あ、うん」
「恵も一緒?」
「や、ううん……そっち、戻ってない?」
路地から人通りのある道に出てみても、もう恵の姿はなかった。
「うん……なんかあった?」
「……うん」
スズに取り繕う気にはなれなくて、そのまま頷いた。
「とりあえず、戻って来な?」
スズの優しい声を聞いて、少しだけ落ち着く。
「分かった。すぐ戻る」
最後に覚えているのは、背中を向けて走り去っていく恵の後ろ姿。
あの時、すぐに引き留めるべきだったけど。雷に打たれたくらいの衝撃で、動けなかった。そのまま思考も停止して、どのくらいの間ボーッと突っ立っていたのか、自分でも分からない。
ライブハウスに戻る道すがら、辺りを見回して、何度も電話をかける。だけど恵が電話に出る事はなかった。
「そういうのは……キツい。俺、どんどんおかしくなってる、もう我慢できない。今も、レンにそういう気持ちがなくても。俺は……それ以上近づいたら、キスしそう俺、だから離れて」
恵の意志を持った強い瞳を思い出す……そして、言葉も。
俺が妄想から記憶を捏造したんじゃないはず……。だよな。
*
「なんか、レンレンめっちゃ焼肉の匂いするんだけど、先に食べてたわけじゃないよね? なんで?」
急いで楽屋に戻ると、縁仁が可笑しそうに笑った。俺のそばに来てくんくんと匂いを嗅いでいる。
ばっと路地裏の光景が頭に浮かぶ。焼肉屋のダクトがすぐそばにあって、そこからもくもくと煙が出ていた。そのせいだ。
「とりあえず腹減ったし行こう」
「あ、うん」
俺はまだボーッとしたまま、荷物を持ってみんなの後をついて行った。
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