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さっきの路地裏とは別の焼肉屋に入って席に着いて。飲み物や肉が運ばれて来た時、ようやく奏真が口を開いた。
「で? メグは? なにがあったの?」
俺をジッと見据える鋭い眼差し。さっき廊下で話した時とは声のトーンも目の温度も何もかもが違う。
「まあ、そうちゃん、先に食べてからにしない?」
縁仁がなんとか雰囲気を和らげようとしてくれているのを感じるけど。実際、俺も話を聞いて欲しいと思っていた。
ずっとひとりで抱えて来た気持ちだったけど、自分の判断に迷う事は今までなかった。だけど今はひとりで正解を導き出せそうに無い。
正直に話して、それでも奏真に責められたとしても、受け入れるつもりでいた。
「聞いてくれる?」
俺の言葉が意外だったのか、みんなは俺をジッと見つめる。
「ライブの後、なんか恵の様子がおかしくて……急によそよそしいから、ちゃんと話したくて。話したけど、結局なんでなのか分からなかった。ライブが始まる前は普通だったんだけど……」
「さっき楽屋に来たよね、めぐちゃん。あの時は普通だったよね? 鈴音」
「うん、だね」
スズも頷いてる。
「そうなんだ……もしかしたら俺の気持ちに気がついて嫌になったんじゃないかって、思ったんだ。急に態度が変わったのも、それなら分かるし……そうなんだって、思ったんだけど」
「それで、喧嘩とかしたの?」
縁仁の問いかけに首を振る。
「恵に……言われたんだ」
「なにを?」
「……キスしそうだから、離れてくれって」
「ハッ?」
みんなが黙って目を丸くしてる。
当然の反応だ。
「なんで? いきなり?」
「いきなりっていうか。俺が触ると頭がおかしくなるって……もう我慢出来ないとかも、言ってた。
俺、びっくりしすぎて。ボーッとしてる間に、恵走って行っちゃって。電話も出ないし、たぶん帰ったんだと思う……」
結局、誰も、俺に正解を教えてくれなかった。みんなの大切な恵が急に大人になってしまって、なぜかみんなショックを受けていた。俺の恋を応援してくれていたはずなのに。なんだか不思議な展開だけど。
「奏真のせいだって言ってたよ……恵。態度が変だったのは。本当か知らないけど」
「え? 俺?」
「桃さんとキスしてる所見たって、言ってた。それで焦って出て来たって」
ショックを受けたのは確かだと思うけど。こうなった原因は、そんな瞬間的な出来事のせいじゃない気がする。
よかったじゃん、それ両思いなんじゃないの? おめでとう!
なんてお気楽な事を言われると思っていたわけじゃないけれど……いや、本当はそう言って欲しかったのかも。
「俺か! 俺のせいか。なんか、ごめんロレンゾ」
「そうだよ、公共の場で盛ってるからだよ」
奏真はさっきと別人のようにシュンと項垂れて、俺に謝っている。そこに追い打ちをかけているのは縁仁だ。
「いや、実際ほんとか分かんないし……恵から、連絡、ない?」
俺は気になって何度もスマホを見ているけれど、恵からは何の連絡もない。
まっすぐ家に帰ったのなら、もう着いた頃だ。
小さい子どもじゃないけど、あんな様子だったから、なんだか心配だ。
「連絡……あっ、来てるっ」
奏真のスマホをみんなで覗き込む。
「心配かけてごめん。家に着いた。疲れたから寝るね」
「ライブマジで最高だったよ」
「だけ?」
「うん」
「そっか」
スズの手がそっと肩に乗る。
俺のスマホには返信がないんだから、何にも触れてなくて当然だよ。そうだ。
その後みんなで、こんな日でもライブの感想を忘れない恵はやっぱりいい子だな、なんて話しながら、しおしおと焼肉を食べた。
恵が無事に家に帰っていて、よかった。
今はそれだけでいい。
ああ。
今夜は眠れなさそうだ。
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